マネージャーは手慣れた様子で、中絶同意書にサインした
「きっと彼はKさんと私の関係を知っているはずと思ったんです。なので、お腹の子のお父さんということで、産婦人科の書類に名前を貸してほしいと電話でお願いしました。何秒か黙ったあとに、わかりましたって。
翌日には都内のカフェで会ってくれて、産婦人科で提出する書類に書いてくれたんです。
お金は、そのままもらっておいてって。しあわせになってって……書類に書くのもお金を渡すのも慣れてる感じで、初めてではなさそうに感じました」
その数日後に産婦人科の手術台の上で行われたことは、あまりに辛いことだったので、今も言葉にはできないと言う。ただ、想像以上の痛みだったことと、お腹の赤ちゃんが手術に抵抗していたような感覚が忘れられないことを話してくれた。
苦しくて悲しくてどうしようもなくなると、笑うんですよ
「中絶した日からは、ずっと、なんていうか……表面的な私と本当の私の、ふたりの私がいるような感じで生きています。ひとりの私は、そつなく仕事をこなす自分。今も私は同じ制作会社で働いていて、たまにKさんとニアミスするんです。でも、そこはほら、近くに寄らないようにしてるというか。
彼はテレビでは子煩悩な良いパパのイメージですからね」
「もうひとりの自分は、プライベートの、どうしようもなくボロボロの自分です。お酒をあおってどんどん狂っていってる気がします……。
人って、本当に苦しくて悲しくて、どうしようもなくなると、笑うんですよ。私、中絶の後は、ひとりの部屋でお酒飲みながら、よく笑ってましたもん。声まで出てね、うふふとか、あははとか。今も時々そんな感じになりますよ」
あの恋から、もう3年が経つ。しかし、中絶の前後から精神は不安定なまま。毎日ワインを1~2本は空ける。
とにかくひとりの部屋にいると、胸はざわつくし、頭の中には毛虫が走っているような感じで、お酒がないとなにもできない。最近、胃が痛いのだがお酒をやめられない。休日には鬱のような状態になり、仕事以外ではもうずいぶん誰とも話していない。