この一件以降、凛子さんの情緒は悪化した。不機嫌のみならず気分のアップダウンが激しくなったのだ。
「
死んでほしいという言葉を浴びせてきた5分後に、私を捨てないでと懇願してくるんです。勤務中には毎日のようにLINEが何十件も来ました。『死にたい』『私に関心を持たないで』『私は好きなことをしたい』『あなたに時間と感情を使いたくない』『子供は絶対に欲しい』。もう、めちゃくちゃです」
定岡さんの精神は次第に疲弊していった。仕事中に動悸が止まらなくなったり、突然涙が出たり。見かねた同僚が心療内科を勧めた。
「医者に凛子のことを洗いざらい話しました。交際中のこと、結婚生活のこと、子供が欲しいと言われたけどセックスを嫌がられていること。すると、
あなたは精神的なDVに遭っているからこのまま家に帰らないでください、と言われました」

※写真はイメージです(以下同)
定岡さんはそこではじめて自覚した。自分は明確に被害者なのだと。ただ、さすがにそのまま家に帰らないわけにはいかない。
「その週末、凛子を刺激しないよう注意深く言いました。体調が悪くてこのままだと君に迷惑をかけてしまう。だから実家にしばらく帰りたいと」
凛子さんの返事に心配する様子は一切なかった。
「私もひとりのほうが快適だから、構わないよ」
実家に戻って冷静になった定岡さんは、先の心療内科に定期通院して医者と話すことで、少しずつ凛子さんの「心のありよう」が見えてきた。
凛子さんの極端な性格、独特のコミュニケーションのとり方は、「典型的なある種の疾患」であり「生まれつきの脳の特性」である可能性が高い。そう医者は説明した(※筆者注:定岡さんの希望により疾患名は伏せる)。
「長らく生きづらい人生を送ってきた凛子がずっと求めていたのは、自由気ままに振る舞える環境でした。要は、
どんなに不機嫌やわがままをぶつけても許される相手。それが“彼氏”である僕だったんです」
だからこそ凛子さんは交際を自分から申し出た。そして交際が始まった途端、やりたい放題になった。おあつらえ向きのサンドバッグを手に入れたようなもの。
「凛子は対人関係において、内側と外側でものすごく線引きをする子でした。外側、つまり対外的には神経質なほど気を遣うけど、内側、つまり身内に対しては一切気を遣わない。だから、僕がただの友人という外側の人間から彼氏という身内になった瞬間、気を遣わなくてよくなったと判断したんです」
入籍の申し出も、その延長上にある。
「結婚してしまえば、安心感はさらに盤石のものになります。交際しているだけでは、あまり好き放題にふるまいすぎると別れられてしまうけど、結婚はそう簡単に解消できませんからね。
医者が言ってましたよ。あなたが結婚を決めたときの凛子さんの気持ちは『良かった、これで何も気にせず生きていける』ですよって」