帰宅した園田さんは明らかに様子がおかしかったらしく、翌日、莉子さんに「何か言いたいことがあるなら言って」と言われた。園田さんは莉子さんに胸の内をぶちまける。
「僕は今まで自分の人生を生きていなかった。これからは自分としてちゃんと生きたい。このままだと死んでいるのと一緒なんだ。そう言いました」
驚いた莉子さんは「理解はできるけど、納得はできない」と泣きじゃくったが、幸いなことにヒステリーにはならなかった。しかし安堵もつかの間、話し合いを重ねて離婚が正式に決まった途端、莉子さんは信じがたい要求を園田さんに突きつける。
「
あなたのために離婚してあげるから、慰謝料として750万払って」
浮気したわけでもないのに、750万円はありえない。というか慰謝料の相場よりずっと高い。何を根拠にこの金額なのか。
「実は結婚が決まったとき、僕は祖母から生前贈与で1500万円もらっていたんです。相続時精算課税制度を使ったので非課税でした。莉子もそれを知っていて、だから半分をよこせと」

あまりに無理筋の要求。しかしそう言われた園田さんは、むしろ迷いが消えたという。
「750万と言われた瞬間、頭がスッと冷静になって、『
この先の僕の人生、1分1秒たりともこの人と一緒にいちゃ駄目だ』と確信しました。泣きじゃくられたときは、さすがに気の毒だと思ったんですが、そんな気持ちは完全に消滅しましたね」
1500万円は「婚姻中に築いた財産」ではないので、財産分与として莉子さんに支払う法的根拠はない。しかし信じがたいことに、園田さんは750万円を支払った。なぜか。
「意見も交渉も、なにひとつしたくなかったし、莉子と一言たりとも言葉を交わしたくなかったんです。それに、
そもそもこの要求は、彼女の僕に対する嫌がらせです」
嫌がらせ?
「離婚して嬉しいのはあなた、ダメージを受けるのは私。だったらあなたも私と同じくらいのダメージを負ってほしい、傷ついてほしい。そういうことです。でもね、そうは行きませんよ。僕は莉子に惨めったらしく値引き交渉なんてしない。眉一つ動かさず750万を払う。言ってみれば……」
言ってみれば?
「
復讐ですね。もっと言えば、福祉」
語感は冗談めいていたが、園田さんは一切笑っていなかった。