離婚に理由なく慰謝料750万円要求する妻…夫がすんなり支払った理由
結婚生活が“不幸せ”かどうかは誰が決めるのか
感情にふたをして自分の人生を生きていなかったから、記憶が薄い。それゆえ、つらかったという感覚もない。
だからですね、と園田さんは思わせぶりに言った。
「幸せってなんだという話ですよ」
やぶから棒に、何を言い出すのか。
「もし僕がランニング中に“気づき”を得なかったら、今も莉子とは離婚していないでしょうし、気づかなければ気づかないまま、莉子との結婚生活は破綻なく続いていたと思います。特に不満を抱くこともなく。
『マトリックス』に引っ掛けて言うなら、現実世界のトリニティやモーフィアスがネオを外から観察し、ネオという存在に介入したからこそ、彼は今いる世界が“嘘”で“不幸せ”で“自分の人生を生きていない”と気づけました。
逆に言えば、トリニティやモーフィアスという観察者がいなければ、ネオはトーマスとして暮らしている世界が仮想世界であることはもちろん、その状態が幸せなのか不幸せなのかを判定することもできなかったと思います」
“観察”という言い回しが頻発されたので、思わず「シュレーディンガーの……」と言いかけると、園田さんは食い気味に答えた。
「猫!」
そのことに気づかないで、一生を終えていく
「ある夫婦関係が異常だというのは、その夫婦以外の外部の人、つまり観察者が指摘してはじめて本人たちが自覚できるものだと思うんですよ。だけど僕、親しい友人からよく言われました。『結婚して7年も8年もたってるのに、ずっと仲いいよね』って。外からじゃ、何か指摘するどころか実態なんて全然見えないものです」
しかし園田さんはランニング中に、観察者なしの自力で、自分が“不幸せ”であると気づいた。
「激しい走りで脳の酸素が欠乏していたからかもしれません(笑)。でも、本当にたまたまです。なにせ8年間も気づかなかったんですから」
物差しを当てる人間がいなければ、物の寸法はわからない。それが「大きい」のか「小さい」のかもわからない。
「だからね、この世界には、今この瞬間にも、かつての僕と莉子みたいな夫婦がたくさんいるってことですよ。“そのこと”に気づかないまま、もちろん離婚なんてしないで、平穏無事に一生を終える夫婦が」
仮想世界で人生を終えたかもしれない、『マトリックス』のトーマスのように?
「それだってひとつの幸せだと思います」
園田さんは、今日一番の笑顔を浮かべた。
【ぼくたちの離婚 Vol.25 シュレーディンガーの幸せ 後編】
【前編】⇒「生活費も家事も夫がほぼ全負担…『妻の顔色だけをうかがう生活』を続けた理由」はコチラ
<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>稲田豊史
編集者/ライター。1974年生まれ。映画配給会社、出版社を経て2013年よりフリーランス。著書に『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)、『オトメゴコロスタディーズ』(サイゾー)『ぼくたちの離婚』(角川新書)、コミック『ぼくたちの離婚1~2』(漫画:雨群、集英社)(漫画:雨群、集英社)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)がある。【WEB】inadatoyoshi.com 【Twitter】@Yutaka_Kasuga


