テーブルを拭くペーパータオル、シンクを磨くクロス、除菌シート。キッチンを整えるグッズも日々進化しています。でも稲垣さんのマストアイテムはふきん1枚だけ。使った食器や調理器具を洗って拭き、壁や作業台を拭き、蛇口やシンクも食卓も拭く、という一連の作業を1枚のふきんでこなすのです。
ふきんの面を変える、適宜(てきぎ)すすぐ、を繰り返せば可能ですし、以前は皆がそうしていました。最後に洗剤で洗ってすすぎ、ベランダに干す、でキッチンの片づけは終了。なんだかとても潔(いさぎよ)いです。
確かに食器洗浄乾燥機は便利ですが、食器洗浄乾燥機を洗浄するための洗剤を買わなくてはなりません。電気代もかかるし、時間も手間もかかります。これがトラップの正体でしょうか。
洗濯も同様で、手洗いできそうなのに洗濯機任せにしてしまい、電気代や水道代がかさむことに。洗濯槽の洗浄剤も買わなきゃいけませんし、洗浄自体もけっこう面倒ですよね。

あらゆる物的なものから解放された稲垣さんが得たのは、有り余る時間です。早朝にヨガとピアノの練習をして、午前はカフェで仕事、午後は別のカフェで仕事をして夕方は銭湯で疲れを流し、10時に就寝です。ああ、なんて優雅で高貴な1日!
昼食と夕食は手作りしていますが、これがまた修行僧か世捨て人かといった、一汁一菜なのです。稲垣さんも最初は「刑務所?」と自らツッコミを入れたというのだから、その本物ぶりがうかがえます。
冷蔵庫も電子レンジも炊飯器もないのです。作れる献立も限られます。とはいえこれもトラップがあって、「ごちそうをあきらめたら、時間も、エネルギーも、健康も、美味しさも、全てが手に入った」というのです。人間の感覚は文明の利器によって鈍化していたのか、と私は頭を抱えてしまいました。