イギリスでは「子どもと1日2時間以上接する仕事」が対象

加えて、性犯罪の被害リスクは一見安全なように思える環境にも潜んでいることを忘れてはいけません。
「例えば学習塾の場合、集団指導やオンライン授業は比較的リスクが低いと感じる人も少なくありません。しかし、たとえ生徒と直接会わなくても『わからないところがあったら教えてあげる』という言い分で講師が連絡先を交換してチャットでわいせつな動画や画像を送らせたり、オンラインミーティングサービス上でハラスメントをする事例も発生しています。こうしたケースでは、子どもは自宅にいながら間接的な性被害に遭ってしまうのです」
では、実際に子どもを性被害から守るため、どのような仕組みが有効なのでしょうか。
「日本版DBSの制度設計をするうえで、職種また有償・無償、そして対面・非対面に限定せず、子どもと接する時間の長さによって対象者を判断するようなシステムを導入すべきだと思います。
イギリスでは、18歳未満の子どもと1日2時間以上接するサービスに従事することを希望する人は、無犯罪証明書の提出が求められます。日本でも時間ごとで判断するような仕組みを導入することで、幅広いケースをカバーでき、子どもにとってより安全な環境を確保できるのではないでしょうか」
また日本版DBS導入を巡る議論のなかでは、就労希望者に犯罪歴がないことの証明を求める仕組みについて、「職業選択の自由やプライバシーを侵害しているのでは」といった意見も寄せられています。
しかし斉藤氏は、こうした懸念の声にこそ、これまで日本社会が抱えてきた問題点が表れていると語ります。
「日本版DBSは子どもの被害を防ぐために検討されているものですが、日本社会ではこうした状況において、加害者と被害者の人権が対等なものとして議論される傾向にあります。加害者臨床では、『被害者と加害者は非対等であり、加害者の加害行為の克服の負担を被害者に求めない』という原則があります。
現に『就労希望者の権利はどうなるのか』という意見がよく聞かれる一方で、性被害に遭った方々がその心的外傷で長期にわたり通院をしたりなど、当たり前の生活が送れなくなってしまう問題については、あまり論じられません。被害者も被害後、後遺症の治療のための通院などに時間とエネルギーを費やすため職に就くことすらできない状況に追い込まれていきます。
特に子どもに対する性犯罪は、加害者となる大人が子どもよりも強い立場にある力関係と構造的優位性を利用することで起きるので、そもそも前提となっている構造が不均衡であることを常に念頭に置いておく必要があります。
そのため制度設計をする上でも、どのようにすれば弱い立場にいる者を守れるか、という点にフォーカスして進めるべきでしょう」