それでも難しさを全然感じさせない。木梨憲武、61歳。実年齢とピタリと一致したこの初老役を難なく演じこなしてしまえる底力はいったい、どこから。
バラエティ番組で見る姿と変わらないというのに、俳優になるとちゃんと役として存在している。
日本の芸能界を代表する大御所お笑いタレントとしての意地がのぞく。余命いくばくかの初老男性を単に演じるだけが芸じゃない。
俳優としても唯一無二。ならばもうひとつ。“片思い10年男”だって見事に演じちゃえる余裕がある。
第2話では、そんな木梨にしかやっぱり演じられないなと誰もが納得する場面があった。それは雅彦が作成した死ぬまでにやりたいことリストのひとつ、瞳との伊豆旅行でのひと幕だ。
伊豆の海は特別に美しい。海とはどんな場所にも固有の特別さがあるものだが、海水浴の定番、神奈川県、湘南一帯や千葉の開放的な海に比べ、伊豆の海はややこじんまりとしながらもちょうどいい空間が魅力。
下田の海が画面いっぱいに広がる。下手からまず先に木梨がフレーム・イン。奈緒が続くが、この瞬間しかないという絶妙なタイミング。次のカットでは、雅彦と瞳が海岸を歩く姿が延々捉えられる。
足並みが揃っているようで揃っていない感じもいい。ここは雅彦にとっての思い出の場所。先立たれた妻との馴れ初めを語りだす。
出会いは海の家。大学の先輩と後輩。連絡先は交換したが、友達以上にはなれず、切ない月日が流れた。
結婚したのは付き合ってすぐ。雅彦が31歳、妻が29歳。10年の片思いを経て結んだ結婚だった。当時を思い起こす雅彦が、自嘲まじりに「たっ、(トゥフフ)」と発する。
力強くも優しげなこの木梨の発声に筆者は涙した。