
一方で、映画『かくしごと』の劇中で杏が演じるのは、(物語上で徐々に明かされていく)暗い過去に囚われたままで「前に進めてはいない」女性だ。そのことも「他人の子どもを誘拐して育てる」間違った選択をしてしまう理由になっていると、痛いほどに伝わるだろう。
さらに、認知症のために「手のかかる子ども」のように暴れる父親に振り回され、(息子だと思い込ませている)子どものほうがよっぽどそのことに冷静に対処しているように見えるなど、いろいろな場面で彼女は「子育てに不慣れで未熟な母」に見える。
杏は朝ドラ『ごちそうさん』(NHK)でも現実と同様に3児の母となったことがあり、アニメ映画『窓ぎわのトットちゃん』で優しく穏やかな母親の声を見事に表現したこともある。しかし、今回の『かくしごと』では「母親が似合わない」印象さえも抱かせる、「母親を演じようとする演技の上手さ」にも驚かされたのだ。
「自分の言葉で言った」「想いが広がった」役でもある

杏は今回の役について「すごく難しいシチュエーションだと思うのですが、もしかしたら今の自分だったらできるかもしれない」「必ずしも自分と役のすべてがリンクしているわけではないですが36年間生きてきた一人の人として、母親として数年経った今の積み重ねがあったので、やらせていただきたいと思いました」と語っている。
この言葉通り、今回の役の説得力は、杏が離婚の上で3児の子どもを育てていることだけに限っていない、人間としての経験の積み重ねがあってこそのものだと強く思わせる。
さらに、杏は関根光才監督から「誰かになる、演じるのではなく自分の言葉で言ってほしい、言いづらければ変えてもいいから自分の生の言葉を大事にしてほしい」と声をかけられたことが印象的で、だからこそ「撮影に入ってから実際に何かを作り込むことが必要ないというか、想いだけあれば、その先のものは、その場でどんどん広がっていくっていうような感覚があった」そうだ。
前述した通り、劇中の主人公は現実の杏とは正反対の印象があるのだが、同時に杏というその人が過度に自分を偽らないまま、その本人の想いを役に投影できたとも思わせる。
他にも杏は、「今回の役は自分自身が普段ニュースを見る中で、いろんな環境にいる子どもたちに対する想いが年齢を重ねて変わってきたので、その想いを反映できる」とも感じていたそうだ。現実の虐待などの社会問題に対する杏自身の考えも、今回の「子どもを守ろうとする」役に生かされていたのだろう。