最初こそジェントリーな人物に見えたが、実際は上辺のレディファースト精神で取り繕っていただけ。第4週第18回、ハイキング中に事件は起きる。「男と同様に勉学に励む君たちを、僕は最大限敬い、尊重している。特別だと認めてるだろ」と語気を強めた花岡に対して寅子がキレる。言葉による「はて」を通り越し、物理的に彼を小突き……。
足を滑らせた花岡が崖から落下する。画面上、なかなか下へ落下していかずに、宙を泳ぐかのような花岡は、大口を開けて「あぁぁ~」と叫んでいるが、表情全体は無そのもの。彼の感情はどこへやら、まさに「スンッ」の落下を見事なアクション場面として岩田剛典が表現していた気がしないでもない。
男性の存在が寅子から「スンッ」の状態を吹き払うこともある。戦後、家族を養うために司法省の事務官になった寅子だが、どうも自分の気持ちを押し殺してしまう。なぜだか以前のような調子で相手に「はて」を突きつけられない。そんなとき、寅子を再起させるのが、明律大学の恩師で法学者の穂高重親(小林薫)だ。

司法省で頻繁に顔を合わせるようになった第10週第49回のこと。審議会の休憩時間、穂高が寅子を呼び止めて、自分が法学の世界に引き込んでしまったからお詫びに家庭教師の仕事をあっせんしようとする。
確かにいい話かもしれない。でも寅子の「スンッ」はこの瞬間に「カチン」に変わる。自分は好きでこの世界にいるんだ。それを今さら。冗談じゃない。穂高のトンチンカンな提案に対して寅子は、「はて」を連打する。
よし、本来の寅子に戻ったぞ。「スンッ」からの「はて」のセットプレーのような場面は、あまりにも清々しい瞬間だった。戦前の「はて」から戦後の「スンッ」に揺り戻された寅子が、ほんとうの意味で「スンッ」から解放されたのだ。