女性の中には、男性を愛することと「この人の子どもがほしい」という気持ちが直結しているタイプが一定数存在すると思う。だから托卵が起こるのではないだろうか。
男性を愛することと、その人の子を産むことはまったく別だと考えるなら、「愛しているから子どもがほしい」は成立しない。

DNA鑑定が簡単にはできなかった時代、産まれた子が「おとうさんには似てないね」と言われても、男性たちは「そんなものか」と思うしかなかった。妻を信じるほかなかったのだ。
妊娠できない男たちは妻を信じ、産まれた子をかわいがることで妻の信頼を得て、「父親になっていく」ものだった。現代になっても、妻を薄々疑い、「次男は自分の子ではないかもしれない」などと思いながらも、「事実確認はしない、したくない」と言う男性も少なくない。
真実を知ることで不幸になるくらいなら、真実など知らないほうがいいのかもしれない。それは個人の考え方によるだろう。
女だから出産という過酷な体験をしなければならない。そうもいえるが逆に、
女だからこそ出産の自由と権利をひとりで握っているともいえる。托卵妻は、おそらく今後もいなくなることはない。
<文/亀山早苗>
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