伝統芸能を題材にした作品ということで、上映前はどこか格式の高さに怖気づいていたが、上映した序盤から早々に魅了され、最後までどっぷりと歌舞伎の美しさをくらった。上映後には本作を「美しい」と思えた自分自身を褒めたいような気持ちになったことに加え、
「歌舞伎のある国に生まれて良かった」と誇らしくもあった。
すさまじい演技や映像美、脚本に触れられたことだけではなく、こうしたまた違った満足感を得られることが、
誰かに話したくなる、もとい口コミにつながり、話題を呼んでいるように思う。
2時間55分、“タイパ”が悪いからこそ得られる興奮
『国宝』の魅力を語ってきたが、その上映時間の長さから見に行くことを躊躇(ちゅうちょ)している“筆者のような人”は少なくない。『国宝』は上映時間2時間55分という大作で、最後まで集中して見られるのか不安を抱く人も多いかもしれない。
とはいえ、その心配は杞憂(きゆう)である。
本作は喜久雄の一生を描いた内容であり、急に数年後に進むこともしばしば。1つのシーンを長々と描くことはなくテンポ良く進み、中だるみすることはない。とはいえ、フラッシュ暗算のようにシーンがドンドン変わるわけでもない。
舞台上のシーンはじっくりと濃密に描かれており、映像にもメリハリもあり、集中して作品を楽しむことができる。
なにより、本作の監督は『フラガール』でもメガホンを取った李相日だ。『フラガール』の平山まどか(松雪泰子)が1人で踊るシーンの緊迫感と美しさが今でも脳裏に焼き付いている人は多いだろう。
本作でも『フラガール』同様、舞台上のシーンは呼吸を忘れるほどの圧がある。
臨場感、躍動感、狂気、優雅など、いろいろな感情や感性が脳内にどっと押し寄せ、ただただ圧倒され、知らず知らずのうちに意識を持っていかれた。ショート動画が全盛の今現在、“タイパ”が悪いからこそ得られる興奮を味わえるだろう。