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図抜けた歌い手、「ちあきなおみ」を聴いたことがある?

「喝采」や「黄昏のビギン」などのヒットで知られる歌手のちあきなおみが、9月17日に67歳の誕生日を迎えます。1992年にマネージャーで最大の理解者でもあった夫を亡くしてから芸能活動を休止している彼女の復帰を願う声はいまだ止みません。その根強い人気は衰えるところを知らず、昨年リリースされた一風変わった長いタイトルのベストアルバムも話題を呼びました。

ちあきなおみの喝采 おぼえてますか、1972年の大晦日に見せた“伝説の歌唱シーン”…。今こそ、ソロヴォーカルの神髄を! その歌が時代を問わず偉大であり続けることは疑いようもありません。助走をつけたり探りを入れたりせずに正しい音程を捉えられる図抜けた能力。それがあるから、発声のタイミングを自由に操ることができる。詞の意味や文脈に合わせて、焦れることもあれば急くこともある。しかしその文尾は常に乱れることがない。

 こけおどしの表情に頼らず、すべて歌唱の範囲において音楽的な脚色を施せる歌い手は極めて稀です。

傑作「祭りの花を買いに行く」



 そんな彼女のラストアルバム『百花繚乱』は活動を休止する前年の1991年にリリースされました。“大人のAOR”をコンセプトに制作されたという作品ですが、なによりも歌謡曲が同時代の歌として生きるために何が必要なのか。作曲、作詞、編曲、演奏、歌い手が一体となって真剣に格闘している熱が伝わる素晴らしいアルバムです。

 中でも友川かずきによる「祭りの花を買いに行く」という曲は、作者のまなざしと歌い手の資質が高い次元で一致した傑作のひとつです。

⇒【YouTube】ちあきなおみ 祭りの花を買いに行く http://youtu.be/-ywEyVBArE8

<いつもの顔 いつもじゃない顔 子供もよそゆきおべべ着て
かごめかごめを唄ってる 祭りの花を買いに行く>


 作者の友川かずきもこの詞に出て来る子供も、決して何かを訴えているわけではありません。喜怒哀楽といったカテゴリーや、主義主張といったメッセージとは無縁の世界です。

 しかしだからといって無感情なのとも違う。心が流れている場景とでも言えばよいのでしょうか。その移ろいやすい機微に敏感なればこそ、切り取りたいと願わずにはいられない光景。友川かずきは、それを一音節に一音を配した童謡のような朴訥なメロディに仕立て上げています。

 しかし、なぜこの場面が選り抜かれて曲になっているのか。それを説明するような語句は詞の中にどこにも出てきません。歌のトーンを導く指針が隠されたまま歌わなければならないので、大変に難しい楽曲です。

 ちあきなおみは言葉の響きをメロディにゆだねて、のびやかな絵を描くように歌っています。友川かずきの“眼”を代弁するような、見事な共同作業。作者と演者との信頼について思いを馳せる一曲でもあります。

ラストシングル「紅い花」



 そして現時点でのラストシングル「紅い花」も本作のハイライトのひとつです。

 作曲は07年の大ヒット「吾亦紅」や小柳ルミ子の「お久しぶりね」などで知られる杉本眞人。作詞は松原史明。日本語で書かれたフォーキーソウルの傑作というのみならず、互いを求め合うかのようなメロディと言葉の近さには、歌の神秘を感じずにいられません。

⇒【YouTube】紅い花(ちあきなおみ) http://youtu.be/vmzly2sS93g

<紅い花 暗闇の中むなしい恋唄>

 いやらしさと切なさと甘さが、この一行に詰まっています。こんなフレーズを書けたのなら、その時点で作詞家は勝ちです。

 この詞に触発されたのでしょうか、杉本眞人のメロディも実に味わい深い。あくまでも言葉のイントネーションに忠実でありながら、マイナーコードを多用したダイナミックな上下動を模索しています。その慎重さが、ともすれば吉田拓郎の二番煎じになりかねない曲調において静かなテンションとなっているのではないでしょうか。

 それにしても「紅い花」でのちあきなおみの歌唱は絶品です。そこには「夜へ急ぐ人」のような衝撃もなければ、「黄昏のビギン」での説き伏せるような上手さもありません。ただただ、軽やかで適切なのです。

<騒いで飲んでいるうちに こんなにはやく時は過ぎるのか>
<悩んだあとの苦笑い くやんでみても時は戻らない>


 いずれも時の流れについてのフレーズですが、それを歌で体現できてしまうところが本当にすごい。

「こんなにはやく」と歌ったあとに、ほんの少しだけためて急ぎ気味に三連を重ねて「時は過ぎるのか」と歌う。同様に「苦笑い」の前にためらいを忘れず、少し早口に「時は戻らない」と歌うことでくやしさが募っていく。あくまでも冷静に駆使された技術でありながら、生活に直に入り込んでくる歌の強さ。

 やはりこの歌声を失った22年もの時間は、日本の音楽にとって大きすぎる損失であったように思います。

<TEXT/音楽批評・石黒隆之>

石黒隆之
音楽批評。ipodに入ってる曲は長調ばかりの偏食家
ちあきなおみの喝采 おぼえてますか、1972年の大晦日に見せた“伝説の歌唱シーン”…。今こそ、ソロヴォーカルの神髄を!

デビュー45年! 初のコロムビア・テイチク同時発売 2タイトル合わせて完全ベスト! 初のテイチク社との共同企画による、ちあきなおみのデビュー45周年(2013年時)記念ベスト・アルバム。ちあきなおみの代表曲がほぼ網羅された、新鮮な選曲内容。(C)RS




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