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「自分の身体が汚らわしく感じた…」5年かけて探し当てた実母から突きつけられた“残酷な事実”。知る権利への想いも<後半>

それでも実親と会って良かったと言える理由

「もう母に会いに行くことはないだろうな」――。  そう思ったまるさんだが、最後に一瞬だけ「顔を見たい」と頼んだ。ドア越しの会話ですでに実母への気持ちは冷めていたが、血のつながった肉親がどんな顔をしているのか一目見たかった。  ドアを開けて出てきた母親は、自分と鼻の形が似ていた。初めて血縁関係のある人と対面したが、不思議と“この人から生まれたのだ”としっくり来る感覚があった。まるさんは母と軽く立ち話をして、記念にツーショット写真を撮り、そのままアパートを後にした。  その後、福岡には2泊滞在して、パートナーと旅行を楽しんだが、観光した際の記憶は曖昧だという。  実母と会ってから約1年が経ち、まるさんは再会の瞬間をこう振り返る。 「実母と会ってからはしばらく放心状態で、会いに行った事実と向き合うのに1ヶ月ぐらいかかりました。やっと肉親に会えたという解放感や達成感もなかったですね。当時は無意識のうちに、母について考えるのを避けており、受け止めきれていなかったのだと思います。 ネットで匿名で実親探しをしていると書き込むと、『会ってもいいことはない』『非常識だし相手のことも考えろ』との意見もいただきました。確かにそれらの声は間違っていなかったと思いますし、実際に出自を知らなかった頃より、今のほうが苦しいと思う瞬間もあります。 それでも、実母に会いに行ったことで、自分の人生を前向きに捉えられるようになりました。これまで自分は『望まれて生まれてきた子どもではなかった』と、暗い気持ちに苛まれ続けてきました。それが実際に肉親に会うことで、踏ん切りがついたようで、自分の過去から解放された感覚がありました。 過去や出自はどうにも変えられない。けれど、これからは自身の人生を歩もうと、ネガティブだった心持ちがフラットになりました。これからは普通の家庭で育った人と、同じ感覚で暮らしていけるのではないか。そんな感覚です」

「出自を知る権利を当たり前に」

窓辺 女性 自身の出自が分からないのは、幼少期から社会的養護のもとで育ってきた子どもだけではない。近年では、精子提供や代理出産によって生まれる子どもも増えており、赤ちゃんポストへの預け入れがあったことがニュースで取り上げられることもある。  一方で、複雑な事情のもと生まれた当事者は、世間的に偏見の目で見られがちだ。果たして自身の出自を知るべきなのか、どのように辿ればいいのか――。自身の出自を周囲に明かすこともためらわれ、孤独に悩みを抱える当事者も存在するはずだ。 そうした閉塞感のある空気感を打ち破りたいと、まるさんは実親に会うまでの軌跡を、ブログにて克明に綴っている。 「私と同じような出自の方にブログを読んでもらって、親に会うべきかどうかを考えるきっかけにしてほしいです。私のように、実親と会わずには気が済まない人もいれば、読んで『会わないほうがいい』と感じる人もいるはず。それぞれに合った選択をする判断材料になれば幸いです。 また、特別養子縁組を組んだ養親さんや、NPO法人などで活動されている方、あるいは関係なく興味を持ってくれた方にも、『私のような葛藤がある』ことを知ってもらいたい。最初から『出自を知らないほうが良い』と善意で言う気持ちはわかりますが、当事者には突き放されたように感じて傷つくこともある。子どもにとっては割り切れない気持ちがあるということも伝えたいです。 血のつながりや育った環境に縛られず、誰もが前向きになれる選択をして欲しいし、社会的にも出自を知る権利が当たり前に保障される世の中になってほしいと願っています」  ブログには当事者だけでなく、養親や第三者からの反応も寄せられた。なかには特別養子縁組を組んだ養親側から、「養子の実親を探してみる契機になった」というコメントもあったという。  まるさんの実親探しは終わったものの、彼女自身の人生はこれからも続いていく。2025年にパートナーと結婚し、新しい家族ができた。 「これまでずっと過去に囚われ後ろ向きだった自分に、家族ができるなんて想像もつかなかったです。これからは何の変哲のない、普通の生活をしていきたいですね」  いまでもまるさんのスマホには、実母に会った際にパートナーに促され撮影したツーショット写真が保存されている。ただ、その写真を見返す機会はもうほぼ無いそうだ。 <取材・文/佐藤隼秀>
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