作家こだまが綴る小説『けんちゃん』の原点「けんちゃんのクリスマス」/けんちゃんのいる世界Vol.7
障害を抱えた高校生けんちゃんと、彼と出会い振り回される人々を描いた小説『けんちゃん』。著者こだまは、かつて特別支援学校の寄宿舎に非常勤職員として勤務。たくさんの子どもたちと関わった経験を下敷きに小説を書き上げたという。そんな小説『けんちゃん』刊行を記念して、その原点とも言うべき、こだまがブログに綴っていた“けんちゃんエピソード”を公開。全8回。みんなけんちゃんを好きになる――。
今週末は特別支援学校の終業式。北国特有の長い冬休みに入る。寄宿舎も同様に閉舎となるので、子どもたちは家に持ち帰る荷物の整理に追われている。いつもなら身の回りの片付けを嫌々やる子たちも、このときばかりは動きが早い。衣類をぱんぱんに詰めたボストンバッグが部屋の片隅にまとめてある。帰る準備は万端だ。
閉舎の前夜には食堂でクリスマス会が開かれる。ケーキやスナック菓子を囲みながら有志による歌や手品などの出し物発表を楽しむ。そんなささやかな集会だ。入学当初、「ここは刑務所と同じ。自由がない」と私に不満をぶつけてきた女子生徒は同じ学年の女子たちとK-POPのダンスを披露するらしい。歓声を上げながら廊下で振り付けをおさらいしている。寄宿舎全体がそわそわしている。
一方、けんちゃんは「気持ちを落ち着かせる部屋」で東村山音頭を静かに踊っていた。これは気分が高まっているときに出る踊りだ。彼なりに喜びを噛み締めているようだ。私の視線に気付いた彼は照れる様子もなく、踊りながら真顔でゆっくりと近付いてきた。
彼も歌や踊りが好きだが、クリスマス会で発表する気はないという。「ぼ、ぼかぁ、う、歌う場所があるからね」と余裕をかましている。作詞や作曲を手掛け、歌い手「犬(けん)」と名乗ってドームツアーを計画する人間は一味違う。
「サ、サンタさんに、なっ何をお願いしたと思う」
踊りに関して何か一言あると思ったが、今はクリスマスの話をしたいようだ。
「ギターかな?」
「ざっ残念」
「じゃあ、ドリフのDVD」
「そっそれは、もっもう持ってる」
難しい。ヒントを頼んだら「これっくらいの~ おべんとばこに」のようなジェスチャーをした。わりと大きめの四角形。家電のサイズだ。私は思いついたものを言ってみた。
「炊飯器!」
「ばっ馬鹿にするんじゃないよ!」
一瞬で不機嫌になった。けんちゃんはふざける人が大嫌いだ。自分は東村山音頭を踊っているにもかかわらずだ。
「ごめん、ごめん。答えを教えてください」
なんでこんなに怒られてまで、けんちゃんのクリスマスプレゼントを聞かなければいけないのだろうと思うが、彼の話に乗った時点でこうなることは薄々わかっていた。
「せっ正解を、はっ発表します」
もうどんな答えであってもふざけたりしない。けんちゃんは真剣なのだから。
「にっ二百万円です」
「えっ?」
「ぼ、ぼかぁ、サッサンタさんに二百万円をお願いしたのさ」
「何に使うの?」
「そっそれはまだ教えられないのさ」
あのジェスチャーは札束だったのだ。けんちゃんが計画する全国ツアーの資金だろうか。現金を思い浮かべて、にんまりしたけんちゃんは「いっ一年、おっお世話になりましたっ。メッ、メリークリスマス! よっよいお年を!」と私に大きく手を振った。彼の中で、今このときを「今年の最後」に決めたようだ。
私は明日も明後日も仕事が入っている。けんちゃんはきっと何もなかったような顔で東村山音頭を踊っているだろう。
※本稿は、著者こだまが文学フリマ東京(2015年11月23日)で頒布したエッセイ集『塩で揉む』の一遍を、個人の特定に至らないよう加筆・修正したものです。

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Vol.7「けんちゃんのクリスマス」


こだま
作家。私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作はNetflix・FODでドラマ化されるなど大きな反響を呼んだ。また、エッセイ集『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞を受賞した。その他著書に『いまだ、おしまいの地』『ずっと、おしまいの地』『縁もゆかりもあったのだ』(太田出版)がある。本作『けんちゃん』が著者初の創作小説となる。











