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10年間毎日サイゼで体重28kgに…「強迫性障害の義母」の介護が0歳育児の真っ只中に始まった話

赤ちゃんと義母、両方のお世話に疲労困憊

初節句の家族写真

初節句の家族写真

 実は今回の帰省は、延期になる可能性もあった。なんとか延期はまぬがれることができたが、介護が突然始まったのだ。  一人暮らしをしていた夫の母親が腰の圧迫骨折をして動けなくなってしまった。動けなくて食べ物を買いに行けないのと、極度の潔癖症でゴミが出るのが嫌がって自宅で食事をしないため、帰省予定日の2週間前、なんと義母が10日間も何も食べていないことが判明したのだ。  義母は夫と折り合いが悪いため、私に電話をかけてきた。息子の世話になりたくなかったようで、病院で医師に「身寄りがない」と言ったらしい。医師が慌てて行政へ電話をかけてくれたため、翌日には行政の人が様子を見に来て必要な支援を受けられるとのことだった。  私が義母からの電話の内容を夫に伝えると、いくら親と仲が悪いと言っても見捨てるわけにはいかないと、義母をしばらくうちで介護することに決まった。  当時息子は7か月を迎える直前で、まだ手のかかる赤ちゃんを抱えたまま義母の面倒まで見ることになってしまった。  現在、我が家で義母を介護して2か月が経った。これは数週間で良くなる状態ではないとすぐにわかったのと、今後も介護が必要になったときのことを考えると毎回義母が住んでいる神奈川県まで行くのは大変なので、うちから徒歩6分ほどの場所へ引っ越しをさせた。  赤ちゃんを抱えた状態で不動産屋に行き、引っ越し準備をしたのは本当に大変だった。  今、私の担当は義母の食事作り、洗濯、車椅子で通院の付き添い、寝る前の晩酌、そして週に2回、骨を強くする自己注射を打つ際のサポートを行っている。赤ちゃんのお世話をしながらなのでこれだけでも大変だが、もっと大変なのは義母の精神的な面だ。  結婚前、義母の話を夫から聞いただけで精神疾患があるのではないかと疑い、実際に会ったところ、不眠を訴えていたので、1年半前に私がメンタルクリニックに連れて行くと、強迫性障害の診断がおりた。  当時はまだ一緒に暮らしているわけではなかったので、そこまで私たちの生活に影響はなかったが、介護のため我が家に居候させることになってからは戸惑うことばかりの毎日だった。  強迫性障害はたくさんの「マイルール」があるため、「こうしよう」とこちらが何かを提案してもことごとく拒否されるので楽しく会話ができない。以前、強迫性障害について調べたことがあったが、毎日同じルーティーンとマイルールをこなさないと不安でいっぱいになることがわかった。

「食事はサイゼのハンバーグ1食のみ」のワケ

宮崎帰省時の羽田空港にて。空港でベビーカーを借りた

宮崎帰省時の羽田空港にて。空港でベビーカーを借りた

 義母は20年前の離婚をきっかけに経済的な不安感が強くなり、節約生活を始めたようだ。仰天したのは10年ほど365日ずっと、食事は1日1回、サイゼリヤの410円のハンバーグのみだったのだ。理由を聞くと「一番安いのと外で食べるとゴミが出ないから」とのことだった。  そのせいで栄養バランスは崩れてやせ細り、うちに来た当初は体重が28kgしかなかった。  私が医者に義母の状態を聞いたところ「圧迫骨折よりも、このままでは栄養失調で衰弱死する危険性のほうが問題です」と言われたため、まずは栄養をつけて体重を増やすことを優先した。  義母はお金の不安に始まり、「この場所は汚いかもしれない」という潔癖の不安まで生まれてしまっていたようだ。  整形外科の通院時のレントゲン撮影も、「どんな汚い人の頭の汚れが付着している撮影台かどうかわからない」と、とても嫌がる。  また、うちは猫を2匹飼っているのだが、猫が粗相をしてしまったとき、とても嫌な顔をしながら「猫を手放そうと思わないの?」と言われたのもしんどかった。  引っ越しをして以前通院していたクリニックが遠くなってしまったため、近所で私がまた新しいメンタルクリニックを探して転院させ、2週間に1度私が車椅子を押して連れて行っている。
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義母にとっては「とても汚い部屋」であろう我が家
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