「その時、少し離れた席に座っていた70代くらいの男性が、読んでいた新聞から顔を上げて、その女性に『電車はみんなで乗るものですよ』と声をかけたんですよね」
女性は「私は寒いんです」と不機嫌そうに男性を睨みつけました。
すると男性は、責めるような口調ではなく、穏やかに「電車って、不思議ですよね。『暑い』も『寒い』もいるから、みんなが少しずつ我慢して乗っているんです」と続けました。
女性は不貞腐れた表情で黙って聞いています。
男性はさらに「もし一人ひとりが窓を好きなように開け閉めしたら、最後は誰も快適じゃなくなりますからね」と続けると、その言葉に車内は静まり返ったそう。
「彼女を責めるわけでも、大声で注意するわけでもなく……なぜか聞き入ってしまうような注意のしかたでしたね」

※画像はイメージです
女性はしばらく黙ったまま、周囲を見回していたそう。そしてようやく、自分の行動を振り返ったのか気まずそうに窓へ手を伸ばすと、ゆっくりと窓を閉め「分かったわよ……」と小さくつぶやきました。
その後は何事もなかったかのように女性は黙ってスマホを見ながらつり革につかまり立っていたそう。そして再び冷房が効いて空気がひんやりし始めると、車内には少しずつ安堵した空気が戻ってきました。
「電車は多くの人が利用する場です。自分にとっての快適さが、誰かにとっての不快になることもあるんだなと改めて考えさせられました」
そして今回の出来事について、菜穂さんはこう話します。
「誰かに注意するのって勇気がいることだと感じました。でも、あの男性のように相手を責めずに伝える方法もあるんですよね。私もこれからは、自分だけでなく周りの人のことも少し考えて行動したいと思います」
自分だけが快適なら、それでいい。そんな考えでは、たくさんの人が利用する場所では、どうしても誰かに負担を押しつけてしまいます。
だからこそ、少しの気遣いと譲り合いが、みんなで気持ちよく過ごせる空間を作るのかもしれません。
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<文・イラスト/鈴木詩子>