──老眼ネタや、「知らぬ間に臀部(でんぶ)はザラザラだし」など、物語のいたるところにリアルな「40代あるある」が散りばめられていて読者の共感と笑いを誘います。こうした細やかな日常のネタはどのように見つけているのでしょう?
邑咲奇:私の母が以前、老眼鏡をかけてまじまじと鏡を見ながら、「あら!? 何これ汚い!」と言って自分の顔に驚愕していたんです。あれは母が歳を重ねた自分の顔のディテールを初めて目の当たりにした瞬間だったと思います。
そして時が経って今では私自身も老眼となり、世界が変わったんですよね。とにかく見えない。ピントが合わない。6だか8だかわからない。そんな苦悩を漫画にして、若い子達に伝えておかなくては!……と、思ったわけではありませんが、老化は誰しも避けて通れないものなので、鶴子が四十五である以上は必要な描写だと思いました。
友達と会うと必ず身体の変化や不調の話になるので、そこでネタを集めたりもしています。私の臀部がザラザラだからではありませんよ、決して。
過去の自分も、そして未来の自分も喜ぶ作品を作りたい
──邑咲奇先生が創作において大切にされていることについて教えてください。
邑咲奇:私は子供の頃からとにかく漫画家になりたくてなりたくて、実力が伴わずとも情熱だけをずっと垂れ流してきたので、過去の自分も未来の自分も喜ぶような作品を作りたいと思っています。
そして、極小の器を持つ身としては、大きな愛と広い心を持つ人にとても憧れているのです。人間的にはたいそう未熟なのに年齢ばかり熟してしまった自分が生み出す漫画のキャラ達くらいは、せめて素敵な人間であってほしいという願いと、ひたすら理想の押し付けです。
──影響を受けた作家さんなどはいらっしゃいますか?
邑咲奇:私は長きに渡って漫画家のきら先生の元でアシスタントを務め、そこで漫画のアレコレを学ばせていただきました。足元にも及ばないことはじゅうぶん理解しておりますが、勝手に『きらイズム』を継承している気でいます。
きら先生の漫画ときら先生が大好きで、心から尊敬しているんです。きら先生と担当氏との出会いは、私の人生におけるとてつもなく大きな宝です。