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点滴を打ちながら走ったら青春映画みたいになった【こだま連載】

 マユミさんの身の回りの荷物が増えてきた8月半ば、生温かい夕飯を口に運んでいると、どーんと窓が震えた。ビルの陰に金色の帯がすーっと消えていった。 「花火だ!」  マユミさんが子どもみたいに騒いだ。私も箸を置いて窓にへばりついた。 「屋上に行こう」  この日あまり元気のなかったマユミさんが流動食をずびずびっと掻き込んで、そう言った。私もつられて味噌汁を一気に飲み干した。大の大人がふたり、点滴のカートを引き摺りながら、長い長い廊下を走った。まるで青春映画みたいだ。
こだま

点滴のカートを引き摺る私/イラスト:こだま

 けれど、やっと辿り着いた屋上の扉には重たいチェーンがぶら下がっていた。私たちの冒険は、わずか数分であっけなく終了した。マユミさんは明らかに落胆していた。重い足取りで引き返そうとしたとき、非常口の窓がまばゆく光った。私たちは何も言わずに走った。  螺旋階段の格子の向こうに群青の空が広がっていた。
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花火と花火のあいだの沈黙
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