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箱根駅伝4Vを支えた“監督の妻”…青学大の寮母・原美穂さんが語る「支える力」

 1月3日、重圧をはねのけて箱根駅伝4連覇を達成した青山学院大学。

 実はその影には、一人の女性の存在があります。原美穂さん……チームを率いる原晋監督にとっては妻であり、学生にとっては寮母です。

原美穂さん

原美穂さん

 寮内の紅一点として、どんなふうに学生たちと夫を支えてきたのか。美穂さん初の著書『フツーーの主婦が、弱かった青山学院大学陸上競技部の寮母になって箱根駅伝で常連校になるまでを支えた39の言葉』(アスコム刊)とインタビューから探ってみましょう。

夫の“わがまま”に巻き込まれて寮母に



「監督は、わたしのことを“監督の監督”と表現することもありますが、その意味するところは、きっと大半がウケ狙いです(笑)。でも、確かに監督が熱くなりすぎて学生とのコミュニケーションが空回りしていたときなどは、あとでこっそり監督に言葉足らずを指摘したり、学生をフォローしたりもしてきました」

 はきはきした口調で話す美穂さんは、夫に押し切られる格好で、2004年に青山学院大学陸上競技部町田寮の寮母となりました。

 発端は、夫が突然、地元で一二を争う超安定優良企業の正社員の座を投げ打って、縁もゆかりもなかった青学の嘱託職員として陸上競技部長距離ブロックの監督になり、長らく出場が途絶えていた箱根駅伝に導くと決めてしまったことでした。

 半ば自動的に美穂さんも夫について上京し、請われるまま、「学生の走りのことは監督が、学生の生活のことはわたしが」と、寮生活を送る学生のケアをすることになったのです。

原晋監督

夫である原晋監督

 2004年のその日から、2009年の33年ぶりの箱根駅伝本選出場、2015年の初優勝、2017年の史上初の三冠三連覇、そして2018年の箱根駅伝4連覇。

 これらを経験しながら、美穂さんは寮で学生と共に暮らし、学生の生活と健康の管理、学生の相談相手、設備の維持管理、備品の買い出し、電話番などを含む生活面の全てのサポートを一手に引き受けています。

学生たちの生活は問題だらけだった



 ただ当初は、突然、寮母となった美穂さんは何をすればいいか、見当がつかなかったといいます。

「大学側から言われていたのは、『宅配便の受け取りをしてもらえれば』ということでした。確かに、多くの学生が暮らしているので、一般家庭に比べると多くの荷物が毎日のように届きます。でも、それにかかる時間は24時間中、ほんの数分。残りの時間に何をしたらいいかは、特に指示がありませんでした」

 当初は、日中は外で仕事をすることも考えていたという美穂さんですが、学生の暮らしを間近で見ていると、とてもそれどころではないと思うように。

「もともとわたしは陸上のことをまったく知らなくて、箱根駅伝が大学三大駅伝のトリを飾るものだとか、出場を目指して多くの大学生が、毎日、必死にトレーニングを積んでいるものだということも知りませんでした」

 しかしすぐに、当時の学生の暮らしはアスリートのそれではないと気がついたそうです。学校側がアスリート向けに用意した食事が毎回のように大量に残り、明らかに好きなものだけを食べていること、夜、遊びに出かけて日付が変わってから寮に帰ってきて、朝練に遅刻する学生がいることなどがわかってきたのです。

「なので、当時の学生責任者(寮長や主務)とも話し合って、決まった時間に食事をする、それまでのビュッフェ形式は止めて配膳形式にするなど、いくつか生活の仕方を変更しました。配膳には不慣れな学生も多かったので、自然とわたしも手伝うようになりました」

“走りのことは監督”の仕事のはずだったが、タイムを計測したり、学生を競技場まで送ったりする手が足りなければ、その役割も買って出ました。

誰かの夢を支えることが、喜びに変わる



「そうしているうちに、寮母としてのわたしの仕事が増えていきました。困っている様子を見ると、手を差し伸べたくなるんですね。はっきりと寮母としての役割が決まっていなかったからこそ、その場を少しでも良くするには何ができるか、自分で役割を増やすことができたのだと思います」

 徐々に仕事を増やしながら、箱根駅伝本選出場を目指す監督や学生をサポートするものの、ハードルは想像以上に高く、4年連続で予選落ち

 その現実を目の当たりにしたとき、美穂さんの心を占めていたのは、夫が嘱託契約を解除され、職探しをしなくてはならなくなるのではないかという不安ではなく、なんとしてもこの子たちに箱根路を走らせたいという意志だったといいます。

「そう感じるようになったのは、寮母になって半年くらいが経ってからです。こんなに頑張っているこの子たちが、箱根を走れないなんておかしい!と親バカのような気持ちになっていました。すると自然と『出られなかったら……』とは思わなくなり、『出るためにはどうしたらいいか』を考えるようになりました」



「自分探し」しなくても、居場所と役割は見つかる



 その気持ちを抱き続け、2018年、美穂さんは寮母となって14年目の箱根駅伝を4連覇で終えることができました。その瞬間まで、時間をかけて実感したことがあるそうです。

「わたしは、誰かを支えることが好きなんです。望んで寮母になったわけではありませんでしたが、ここで学生に向き合って、彼らが成長していくのを見守るという仕事は、なかなかやりがいがあります。

 彼らの成長をわたしが少しでも支えられているなら、この仕事に出会えたことを本当に幸せに思います。支えてきたつもりが、実は、支えられてきたのは、わたしの方だったのかもしれません」

原美穂さん著書

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 生まれ変わったら、もう一度寮母になりたいか。その問いに美穂さんは「最初のころはしんどかったから、繰り返すのは……」と笑いながらも、こんな風に答えてくれました。

「すべての仕事を知っているわけではないわたしが最高の仕事に出会うには、また運を天に任せ、わたしを必要としてくれているところで、一生懸命わたしの役割をまっとうすることが一番かな、と思います」

 自分探しなどしなくてもいい。目の前のことに全力で取り組んでいれば、自分の役割も居場所も見つかる。原美穂さんの半生は、そのことを証明しているのです。

<TEXT/女子SPA!編集部>
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