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病気の愛犬と過ごした、つらい毎日が教えてくれたこと

16歳の愛犬を亡くした心理カウンセラーが考えるペットロス Vol.11>


 特発性メニエール病で緊急入院してから10日間ほどで、愛犬ケフィは無事、退院しました。退院したばかりのときは、立ち上がるのもたいへんで、ヨロヨロとしか歩けず、目はあさっての方を向き、首も激しく傾いていました。

雪山のケフィ

元気だったころのケフィ

 表情も倒れる前のケフィとは違って能面が張り付いたよう。体は痩せ、ひとめで「病気の犬」とわかる感じでした。再発の可能性もあるため、しばらくの間は数日おきに通院することになりました。

散歩でも転んでしまうケフィが痛ましい



 それでも、「とくにやってはいけないことはありません。本人が嫌がらなければ、散歩でも遊びでも何でも今まで通りしてあげてください」(獣医師)と言われたので、なるべくいつも通りの生活をするように心がけました。幸いなことに食欲だけはすぐに戻ってきました。

 いちばん悩んだのは、毎日の散歩でした。ケフィはバランスを崩して平らなところでもよく転び、やたらと物にぶつかりました。入院中はほとんど歩かなかったため、筋肉が弱ってしまったということもあったのでしょう。

 軽やかだった2週間前の足取りが嘘のように、一歩一歩、用心しながらどうにか足を前に進めているという様子でした。よろけた拍子にその場に座り込んだり、斜めになっているところで後ろに転げてしまったり……。

笑顔のケフィ  それでも、「ケフィ大丈夫だよ」「のんびり行こうね」と声をかけながら、ゆっくり、ゆっくり、歩くようにしました。ケフィも大したもので、倒れたときはちょっとびっくりした顔をするものの、転んでも、転んでも、また立ち上がり、ちゃんと私の後を付いてきました。

 とはいえ、散歩を楽しめているようにはとうてい見えません。大好きだった風の匂いを嗅ぐことも、景色を楽しもうとすることも無く、持ち前の好奇心を発揮して何かを探索しようともしません。ただひたすら安全を確保しようとおっかなびっくり歩くケフィの姿は「痛々しい」という表現がぴったりでした。

リード

写真はイメージです

 それまで散歩をしていると、ケフィの楽しそうな表情につられるのか、すれ違う人が笑顔を向け、話しかけてくることがよくありました。ところが今は、だれもが心配そうな瞳で見つめ、足早に通り過ぎていきます。

「本当に散歩をしても大丈夫なのか。やはり無理をさせているのではないか」

 そんな迷いがよぎるたび、獣医師の言葉を思い出して、かき消しました。

ケフィのため?本当は自分のため?



 当時の私は、そうやって散歩を続けることが「ケフィのため」だと信じていました。

「大好きな海にもう一度連れて行ってあげたい」
「雪山を駆け回って楽しませてあげたい」
「ワクワクした表情を取り戻してあげたい」

元気だったケフィ ケフィのためだから、「どんなに大変でも毎日の散歩を欠かしてはいけない」と、自分に言い聞かせていました。

 でも、今思い返せば私自身の恐怖に打ち勝つためだった気がしてなりません。「ここで散歩を止めてしまったら、もう二度とケフィは歩けなくなってしまうのではないか」と思うと、怖くていてもたってもいられなかったのです。

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「ケフィを失う」までの準備期間をくれた

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