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いつか来る“母の死”。「半年たってやっと泣けた」瀧波ユカリの体験マンガ

 誰にでも訪れる“母の死”。そのとき娘はどう感じ、どう現実を受け止めていけばいいのでしょうか?

 母親のすい臓がん発覚から看取るまでの体験を記したマンガ『ありがとうって言えたなら』(文藝春秋)の作者・瀧波ユカリさん。「母の病気との向き合い方」と「親の介護からみえたこと」に続いて、“母親を看取るということ”について語っていただきました。

ありがとうって言えたなら書影

突然訪れた最期の知らせ



――お母さまの最期が近いとを実感されたときのことを教えてください。

瀧波ユカリさん(以下、瀧波):母から電話がかかってきたのですが、声もしゃべり方もいつもと全然違っていたんです。その声を聞いて、もうヤバいんだって実感したのが最初だったと思います。本当にびっくりして泣いてしまって、夫に「すぐ行ったほうがいい」と言われ、急いで大阪へ向かいました。

――まだ大丈夫との思いで過ごされていたさなかの出来事だったのでしょうか?

瀧波:医師に言われた余命は過ぎていて、姉からも「あと1ヶ月」と聞いていて、いつそうなってもおかしくないとの思いはありました。

 でも、なんとなく、突然調子が悪くなって病院に運ばれたとか、意識が急になくなったとか、そういうシチュエーションのほうが想像しやすくて、「うまくしゃべれない声を電話で聞いて」みたいな状況はまったく想定していなかったんですよね。だから、びっくりしすぎてしまって……。

 いくら心構えをしていても、それがきた瞬間というのはまったくの別ものに感じて、繋がりませんでした。

『ありがとうって言えたなら』P142

『ありがとうって言えたなら』より

――心構えをしていても、受け止められるものではないんですね。

瀧波:なんかモードが変わるんですよ。あと何ヶ月って思っている準備状態から一歩進んで、「深刻な状況が始まった」って現実的な問題になるといった感じです。

 でも、子どもや仕事の予定をどうするかとか、どのくらい帰れないんだろうとか、急いで荷物の支度をしなきゃとか一瞬でいろいろシミュレーションして、とりあえず向かったものの、行ってみたら私が泊まらなきゃいけない状況みたいな、想定できないことが次々起こって、結局はどうしよう、どうしようって、目の前のことで精一杯でした。

 幸い夫がそういうとき冷静になれるタイプなので、準備から現地での対応まで臨機応変に対処してくれて事なきを得ましたけど。もし夫がいなかったら、夫のタイプが違ったら、どうなっていたんだろうって思います。

瀧波さん

瀧波さん

混乱している気持ちを、夫にノートで伝えた


――ダンナさまとは日ごろから話し合っていたのでしょうか?


瀧波:きちんと話し合ったことはないですね。自分の親のことであまり迷惑をかけたくないという気持ちもあり、どこまで頼っていいのかわからなくて。一度、母と姉が親族の墓参りで札幌まで来たときに、母が「空港まで車で迎えに来て」と言ったんです。

 でも、雪が結構残っていた時期で、車を買った直後ということもあり、夫は「まだ長距離の運転に慣れてないから電車かタクシーのほうがいい」と言って、ちょっと険悪になったことがありました。

 夫が「病気の母と姉たちを乗せて万一のことがあったら」と思うのもわかるし、母の本心は娘婿が大切に思ってくれている実感がほしかったんだろうということもわかっていて、板挟みですよ、こっちは。結局は運転しやすいレンタカーを借りて夫が迎えに行ってくれることになりました。両方にとってベストな解決方法にたどり着けて、とてもホッとしましたね。

――お母さまの介護から看取りまでのあいだ、夫婦関係で意識したことはありますか?

瀧波:はじめ私が混乱していた時期に、自分自身で混乱している自覚はあるものの、上手く言葉で伝えられるような状況ではなかったので、「今私はこういう風に混乱している」みたいなことをノートに書いて夫に渡しました。

 夫から見たら私はすごく謎だらけだろうけど、私は助けてほしい気持ちがすごく強くて、助けてもらうためには、どうにかして私がおかしくなっていることを伝えなきゃいけないって思ったんです。

 そうしたら、「まだ気持ちが落ち着かないと思うけど頑張って」みたいなことが書かれて戻ってきてっていうのを3,4回ほどやりました。伝えにくいことがきちんと伝わったり、夫の気持ちが嬉しかったり、それはやって良かったなって思います。

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半年ぐらいたって、やっと泣けた

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