月世界は和三盆、寒天、そして泡立てた卵で作られており、メレンゲ菓子に近いのだが、卵白だけではなく、卵黄も使われている。軽さに反した満足度のある味はそのせいだろう。
月世界を作っているのは「月世界本舗」というそのまんまの会社だ。
創業は明治30年、悠に100年越えている老舗である。

月世界本舗公式サイトより http://www.tukisekai.co.jp/
月世界を作り出したのは、創業者である吉田栄一氏だが、氏は非常に真面目な人だったようで厳しい家訓を一族に守らせていたようである。
まず「政治に関与しないこと」。
月世界は卵黄を使っているので若干黄色いのだが「リアル山吹色のお菓子以外贈るな」という家訓である。
さらに賭け事禁止、花札やトランプ、すごろくでサイコロを使うことも禁止していたという。
明け方の月の美しさを基にした菓子は、明け方に上を向ける人しか作れないものである
だが、吉田氏がこのように真面目な性格でなければ、おそらく銘菓「月世界」は生まれなかったと思う。
月世界は、吉田氏が修行時代見た、明け方の月の儚げな美しさから着想を得て作られたといわれている。
明け方の月を見たのが、徹夜明けなのか、出勤前なのかはわからないが、不真面目な人間であれば「KSNM(クソネミ)」という感情しか起こらない状況である。
むしろ月の存在にすら気づかない恐れがある。常に下を向いているからだ。
もちろん、地面やそこに落ちている、片方だけの軍手から得られる着想もあると思うが、明け方の月の美しさを基にした菓子は、明け方に上を向ける人しか作れないものである。
吉田氏は、手広くやるより、一つの菓子を長く作り続けたいという信念の人であり、その思い通り、100年以上続く月世界を作り出したわけだが、100周年の時もう一つ月世界本舗を代表する菓子が作られた。それが今回のもう一つのテーマ食品「まいどはや」だ。

「まいどはや」和菓子モール月世界本舗販売ページより http://www.okashi-net.com/mall/tukisekai/
「まいどはや」は越中の方言で「おげんきですか」という意味だ。
原材料は砂糖、鶏卵で月世界とほぼ同じだが、こちらは一転して、マシュマロのような食感で、ゆずの香りが効いている。
明け方の月から菓子を作ったり、同じような材料から全く違う菓子を作り出したり、菓子職人の発想というのはすごい。
少なくとも発泡スチロールを食っている奴には思い浮かばないことばかりだ。
<文・イラスト/カレー沢薫>
【カレー沢薫(かれーざわ・かおる)】
1982年生まれ。漫画家・コラムニスト。2009年に『クレムリン』で漫画家デビュー。主な漫画作品に、『
ヤリへん』『
やわらかい。課長 起田総司』、コラム集に『
負ける技術』『
ブスの本懐』『
やらない理由』などがある