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年上男性を支配する女…歪んだ愛と美しいドレスに酔う『ファントム・スレッド』

クチュールからプレタポルテへ――ドレスで描かれる、時代の変化

 1950年代、第二次世界大戦の戦勝国であったイギリスでは経済が復活しました。反面、政治は保守化が進み、人種差別、男女差別、核実験、米ソの冷戦、北アイルランド問題といった社会的・政治的な不安が、60年代の市民権運動、女性運動やカウンターカルチャー(若者文化)に結びついたのです。
『ファントム・スレッド』より

『ファントム・スレッド』より

 50年代の上流階級を映し出したこの映画には、これから起こる社会的変化を暗示しているシーンがいくつかあります。そのひとつが、出来上がったドレスを酷評するレイノルズのシーン。ドレスの仕上がりにどうしても満足できないレイノルズが部屋を去ったあと、アルマはドレスにコサージュをそっとつけます。上流階級を象徴するレイノルズのドレスを、若い労働階級のアルマが完成させる……。台頭する労働階級やカウンターカルチャーを示唆しているようです。  事実、ファッション界でも、50年代後半からデパートやプレタポルテ(既製服)の人気のせいで、オートクチュールの顧客は減り続けていきました。60年代前半には、イヴ・サンローランがクチュールブランドとして初めてプレタポルテをスタート。モードがストリート(=カウンターカルチャー)から生まれる時代となったのです。実際に、レイノルズのモデルとなったクリスタル・バレンシアガは、1968年に「クチュールが繁栄できる世界は終わった」と哀しげに引退を表明したそう。(アーネスティン・カーター訳『ファッションの仕掛け人』)

俳優を引退してクチュリエになる!?主演のダニエル・デイ=ルイス

『ファントム・スレッド』より

『ファントム・スレッド』より

 本作の出演をきっかけにクチュリエを目指して、俳優を引退するという噂のダニエル・デイ=ルイス。なんと、レイノルズに成りきるために、ニューヨークシティバレエ団のコスチュームデザイナーのもとで縫製を勉強したそう。実際に、マーク・シャガールがデザインしたバレエ「火の鳥」の衣装を、デザイナーたちと一緒に復元したのだとか。  また、美術館に飾られているバレンシアガのドレスを自身でスケッチし、妻のレベッカ・ミラーをモデルにしてそのドレスをイチから制作したといいます。ルイス本人はクチュリエに転身するとは明言していませんが、本作を撮影後に深い悲しみに襲われて、今回で俳優の仕事は最後にしたいと思ったそう。  名優ダニエル・デイ=ルイスの役者魂を貪りつくした本作。人間の支配と依存、社会階級の対立、ねじれた男女関係など、様々な要素が詰め込まれた心理サスペンスです。何度観ても違った味わい方ができるこの作品は、きらびやかなドレスの下にうごめく人間の暗い本能を浮き彫りにした傑作と言えるでしょう。 【参考】 https://www.wmagazine.com/story/exclusive-daniel-day-lewis-giving-up-acting-phantom-thread 『ファッションの仕掛人』(アーネスティン・カーター著・小沢瑞穂訳/文化出版局) <TEXT/此花さくや> ⇒この著者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】 (C)2017 Phantom Thread, LLC All Rights Reserved
此花わか
ジェンダー・社会・文化を取材し、英語と日本語で発信するジャーナリスト。ヒュー・ジャックマンや山崎直子氏など、ハリウッドスターから宇宙飛行士まで様々な方面で活躍する人々のインタビューを手掛ける。X(旧twitter):@sakuya_kono
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『ファントム・スレッド』は5/26(土)より、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA、新宿武蔵野館 ほか全国ロードショー。
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