「くまのプーさん」の知られざる悲話。“もう一人の自分”に苦しんだクリストファー・ロビン
9月14日(金)公開のディズニーの実写映画『プーと大人になった僕』は、結婚し大人になったクリストファー・ロビンがプーと再会し、忘れてしまった“自分らしさ”を取り戻していく心の旅を描いた、大人のための物語。
本作のメッセージをより理解するために、映画では描かれていないクリストファーとその父ミルンについてお話したいと思います。
A.A.ミルンが書いた名作『クマのプーさん』は、ミルンが自分の息子クリストファー・ロビンが動物のぬいぐるみと遊ぶ姿からインスピレーションを得て創り出しました。1925年、劇作家として成功していたミルンは、妻ダフネと5歳のクリストファー、ナニー(乳母)と一緒にサセックス州東部にあるコッチフォードファームへ、ロンドンから引っ越しました。
当時、ミルンは流行劇作家として人気だったものの、自身の第一世界大戦の体験を元に反戦小説を書きたくて、静かな家を望んだのたとか。家にはナニー、シェフ、家政婦などがおり、ミルンは執筆活動に、ダフネはガーデニングに集中できる恵まれた環境でした。
1歳の誕生日プレゼントとしてハロッズ百貨店で買ってもらったテディベアや、動物のぬいぐるみと遊ぶのが大好きだったクリストファー。そのうちに母ダフネと父ミルンも加わり、蜂蜜が大好きなプー、落ち着きのないティガー、臆病なピグレット、心配性のイーヨー…といったキャラクターが生まれていきました。クリストファーとダフネが動物たちの性格や声を、ミルンが物語のアイディアを創作したのだとか。(※1)
ちなみに、映画『プーと大人になった僕』で描かれるクリストファー・ロビン(ユアン・マクレガー)はあくまで『クマのプーさん』の本の登場人物ですが、劇中にも「プー棒投げ橋」や「100エーカーの森」が登場します。事実、ミルン親子が住んでいた場所で本作は撮影されており、生命力にあふれる緑一面の森、水面にきらきらと反射する木漏れ日、やわらかな風景に溶け込むふわふわとした紫紅色の花など、その世界観は『クマのプーさん』そのもの。
「クマのプーさん」シリーズは詩集を合わせて4冊発売されました。最後の本『プー横丁にたった家』では、クリストファー・ロビンが9歳になり寄宿学校に入るために、プーに別れを告げるところで物語は終わります。
『プーと大人になった僕』は、この切ない別れのシーンからストーリーが始まります。幼い子どもが大人のようにスーツをまといネクタイをしめて、厳しい規律の寄宿学校に入ることは、この時代、イギリスの上流社会では大人への通過儀礼でした。映画でのクリストファー・ロビンも大人になるにつれ、プーや動物たちは自分の空想だったと信じ込み、子供のころの自分をすっかり忘れていました。
作中、“よい学校へ行ってよい仕事に就くのが大切なんだ”と、気乗りしない娘マデリンを寄宿学校に入れようとするクリストファー・ロビン。“家族と一緒にいたい、でも、父を喜ばせたい”というマデリンの“子どもらしさ”に気づかないのは、彼が本来の自分らしさを失い、“人の心”を感じることができなくなってしまったから……。そんなときに、プーが突然ロンドンに現れ、プーを送り届けるためにクリストファー・ロビンは100エーカーの森へ渋々同行します。
実在のクリストファーも9歳のときに寄宿学校に入学しました。このとき彼は、“クリストファーのモデル”として世界中から大量のファンレターを受け取り、新聞や雑誌の記者に始終追いかけられているほどの有名人。そんな息子を心配したミルンは、物語を完結することにしたのです。その上、彼自身も作家として『クマのプーさん』から卒業したいと望んでいたそう。
案の定、寄宿学校に入ったクリストファーは「プー」が原因で周りの生徒から執拗な嫌がらせを受け、父が生み出したもうひとりのクリストファー・ロビンを呪うようになってしまいました。
とはいえ、父とは兄弟のように仲が良く、父の人生をたどるようにケンブリッジ大学を卒業したクリストファー。ところが、第二次世界大戦後の不景気もあり、輝かしい道を歩んだ父とは違い、作家にもなれず、よい職にも就くことができなかったのです。
世間がクリストファー・ロビンに抱く理想、そして父が自分に抱く期待に応えられないことにクリストファーは非常に苦しんだそう。「父が私の幼い肩に乗っかって、現在の地位にのぼり、私から名誉を奪い去り、ただ、父の息子であるという空な名声だけを残してくれたのではあるまいかと思えるときもあった」と自伝でその痛みを告白しています。(※2)
実在したクリストファー・ロビン
“もう一人の自分”に苦しんだクリストファー
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『プーと大人になった僕』は9月14日(金)より全国ロードショー