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スガシカオの“慎重な意地の悪さ”こそが信頼できる

 スガシカオが5月21日にリリースする『Life』『アストライド』の両A面ニューシングルが、久々のメジャーレーベルからのリリースということで話題を呼んでいます(『アストライド/Life』)。特に「Life」は岡田将生主演の映画『オー!ファーザー』の主題歌で、プロデューサーに小林武史を迎えていることも注目です。  3年前の事務所独立以来、音楽制作のみならずマネージメントや雑務までこなしてきたことによる心労がたたったのか、突発性難聴に見舞われたこともありました。心配されたファンの方は、今回のこの朗報に喜びもひとしおといったところでしょうか。

『プロフェッショナル』テーマ曲の鬱屈した詞

スガシカオは現在47歳。約4年のサラリーマン生活を経て1995年にインディーズからデビュー、1997年にメジャーデビュー

 とはいえ、スガシカオといっても名前ぐらいしか知らないよという方も多くいらっしゃるかと思います。それでも一度はどこかで彼の手による曲を耳にしたことはあるのではないでしょうか。それぞれ作詞を担当したSMAPの『夜空ノムコウ』やKAT-TUNの『Real Face』などの大ヒット曲はもちろんですが、もしかしたらそれ以上に広く知られているのは、NHKの人気番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』のテーマソング『Progress』(kokuaというバンド名義)かもしれません。  この楽曲、一聴すると番組の爽やかな余韻にふさわしく感動的に思えます。しかしつぶさに見ていくとこのソングライターの持つ本来の性質、言わば慎重な意地の悪さに満ちているのです。 ※『Progress』http://www.musicpv.jp/music.cgi?id=3066  曲調はミスター・チルドレンの『終わりなき旅』を思わせます。ディストーションギターとストリングスがふんだんに用いられ、ゆったりとしながらも勇壮とした骨格を形作っています。数々の困難を乗り越え、その道で成功する人間を称賛する。曲想はそんな番組の趣旨にぴったりと合致しているように聴こえる。  しかし面白いのは、そこで歌われている詞です。 <つまずいている あいつのことを見て 本当はシメシメと思っていた> <世界中にあふれているため息と 君とぼくの甘酸っぱい挫折に捧ぐ…>  これを成功者、もしくは努力を惜しまない者への凱歌と読むのはかなり難しい。明らかに失敗したもの、そして成功する見込みのない者へと向けられた鎮魂歌と見るのが自然でしょう。

シングル『Progress』(2006年)

 ここで抜き出した2行は、前者がヴァース、後者がコーラスで歌われます。つまり曲が盛り上がれば盛り上がるほど、この詞における話者の気持ちは萎えていく。コーラスは<“あと一歩だけ、前に 進もう”>となかばヤケクソ気味に締めくくられますが、一体この濡れ落ち葉のような話者にその気概があるのかどうか。  確かに全体を通して読むと、曲名どおりに前進をうながす意図もある。しかし間違っても「頑張れば報われる」的なおまじないではありません。つまびらかにされた話者の否定的な部分のひとつひとつを潰していくことで肯定的な道筋が開けるかもしれない。そういったねちっこい感情の工程が詞にしたためられているのですね。 『Progress』は、こうして詞が曲想を裏切り続けます。にもかかわらず、道徳的に正しい番組の結論に水を差す不粋なことも起こさない。しかしその水面下では言葉が音楽に対して反語的なハーモニーを与えている。ストーカーのことを歌ったスティングの『見つめていたい』が情熱的なラブソングと誤解されたのと同じような現象だと言えるでしょうか。

本当に「充実」は「退屈」より素晴らしいのか?

 いずれにしろ、スガシカオは音楽で聴き手を心地よくしている。そしてその音楽の効能を隠れ蓑に、詞において真意を潜ませている。もしかしたら彼に楽曲を依頼した番組制作者をも煙に巻いているのかもしれません。いかにクライアントからの依頼であろうと、「明日へ突っ走れ」だの「未来へ突っ走れ」だのと寝ぼけたことは言わない。間違いなく意地の悪いソングライターですが、そこに彼に対する信頼感が生まれているように思います。  それを支えているのは5枚目のシングル『ストーリー』での一節から見て取れる態度なのではないでしょうか。 <安全と冒険で君はどっちへ行く? 退屈と充実で君はどっちをとる? そんなにかんたんに えらべるくらいなら なんの迷いもなく 幸せになれるか>  “明日”や“未来”への根拠のない希望を抱く幸せな人間が見過ごす地点で、スガシカオはきちんと立ち止まるのです。冒険と充実を選択することで生じる責任と、それを成立させることのただならぬ困難は、安全と退屈のもたらす平穏無事に本当に勝るものなのだろうか。

夢や感謝が大安売りされるJ-POPの中で……

 村上春樹は『意味がなければスイングはない』の中で、Jポップの歌詞のことを「制度言語」だと称しました。それは冒険と充実の正しさを思考停止のまま受け入れることに他なりません。そしてそのことに疑問を挟む余地もなく、作り手と受け手が無意識のうちに結託している場所。それもまた制度なのです。  スガシカオのデビューシングルは『ヒットチャートをかけぬけろ』というタイトルでした。発売されたのは97年。当時のオリコンチャートと現在のそれとを見比べると、背筋が寒くなる方も多いかもしれません。周りを見回せばAKB48、EXILE、「家族友だちにありがとう」、「会いたくて震えてる」、キャラ頼みのアニソン。この中をかけぬけるには、17年前以上の脚力が必要なのは確実です。  それを作り手にだけ負わせるのは、いささかアンフェアなのではないでしょうか。聴き手も同様にタフにならなければならない。彼のような信頼に足るソングライターがメインストリームにいつづけるためにも。 <TEXT/音楽批評・石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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