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内田春菊、義父からの性的虐待を“実母”の目線で小説に。「何考えてんだこの女って怒りながら(笑)」

――それが32年も音信不通になってしまったのは、どうしてですか? 内田「27歳で、経済的にいよいよ母を呼んでも大丈夫ってなったのですが、私としては、みんなで働いて、助け合いながら生活するイメージだったんです。でも、母と妹は私のお金で楽しく暮らせると思っていたみたいで、全然働かないし、会社の手伝いを頼んでも手を抜くしで、揉めるばっかり。そこでようやく、『私の思っていた人間像と違うぞ』『母は私より私のお金が好きなんだ』って気づいたんです」
内田春菊さん

過去の体験を穏やかに語る内田さん

――そこで「母親像」が変わってしまったのですね。 内田「思い返せば、その少し前に母が遊びに来たとき、洗濯を頼んだら『乾燥機を買わないとダメだからお金ちょうだい』とか、当時のボーイフレンドに経理を任せていたことを知って『通帳を見せてごらん』とか、わかりやすいことを言っていたなぁと。  その後も話すほどに関係が変になっていって、母からは捨てゼリフで『そんなこと言ったって実の親子なんだからね。絶対離れないよ』と言われて、それがお金のことに聞こえてしまったし、妹からは『私の結婚のときとかはお金出してくれるの?』って早朝に電話が来て非常に癇(かん)に障ったので、同居も関係も取り消しました」 ――母親が、自分より自分のお金が好きだと気づいたときのお気持ちは? 内田「思い返してみれば昔だって、私本体を喜ぶというよりは、成績が良くて誇らしいっていう風に、成績が良くないとかわいがられないイメージがずっとあったので、成績がお金に変わっただけだと感じましたね」 通知表――『ファザーファッカー』では、母親と養父(育ての父)から「成績で1位を取るのは当たり前」「東大に入って医者か弁護士になれ」と言われ続けていたと書いてありましたね。 内田「そもそも、『東大に入って医者か弁護士になれ』って、私の適性はまったく考えてないじゃないですか。母は、とにかく自慢できる職業に私が就くことが夢だったのでしょう。でも、育ての父親とセックスしながら東大受験を成功させる人なんているんですかね? ちょっと無茶苦茶ですよね。  育ての父は育ての父で、『東大に行かせているあいだは俺と恋愛して、そのままくっついて俺の子どもを産ませる』みたいなことを言っていて、わけがわからないし、一言で表現するなら『キモっ!』ですよ(笑)。絶対頭おかしいでしょ。もしあと25年経っても、“育ての父目線”で本は書けないでしょうね」 ================  次回は「幼少期の体験がその後の人生にどう影響したのか」について、お話を聞いていきます。 <取材・文/千葉こころ> ⇒この記者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】
千葉こころ
ビールと映画とMr.Childrenをこよなく愛し、何事も楽しむことをモットーに徒然滑走中。恋愛や不倫に関する取材ではいつしか真剣相談になっていることも多い、人生経験だけは豊富なアラフォーフリーライター。
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