当時、30代後半に見えた彼女は、まるでそこにユカリさんの夫がいるかのようにひとりでつぶやいていたという。
「私、もう3年も待っているの。あなただって結婚するからって言ってくれたじゃない。それなのに私がここで料理を作れるのはいつなの? あなたはやさしいから奥さんに何も言えないんでしょう」
ユカリさんは、相手を刺激しないほうがいいと判断。とりあえずダイニングテーブルのところに座らせた。
「何か飲む? と聞いたら紅茶が飲みたい、と。めんどくさい女だなと思ったけど、紅茶を茶葉から入れてあげたんですよ。その間も、
『誰かに連絡して迎えに来てもらう?』『どこにお住まいなの?』と彼女が誰なのか手がかりをつかもうとしたけど、彼女はうつむいて何も答えない。そのうち、突然、はっとしたように顔を上げて、テーブルの上にあった明太子を食べ始めたんです。
そして私がいれた紅茶を一口飲むと、立ち上がって
『帰ります』と。とりあえず名前くらい名乗りなさいときつめに言ったら、黙って睨むだけ。
『玄関のガラスを割ったのはあなたね』というと、
『だってここは私の家なんですよ』と急に怒り出して。だから私も『住居侵入罪ですからね』と言い返して、警察に電話したんです。彼女は裸足のまま家を飛び出していきました」
バッグも置いたままだったから、どこの誰かはすぐにわかった。彼女がバッグを取りに戻ってきたところへ警官が到着。彼女はパトカーに乗せられていった。
「問題はそのあとですよ。夫に、
『今日はとにかく早く帰ってきて』とメール。帰ってきた夫に話すと、夫は真っ青になりました。どうやら飲み屋で知り合った女性と不倫関係に陥ったらしい。彼女も既婚者だと聞いてびっくりしました」
その後、相手(アヤコさん)の夫Yも交えて話し合ったが、Yは
「妻は精神的に疲弊している、こうなったのはお宅のご主人のせいだ」と言い張る。ユカリさんは、うちの夫を誘ったのはおたくの奥さんだと言い張る。ある意味、痛み分けなのだが、それだけに話し合いは平行線。ユカリさんが知り合いの弁護士を頼んで、とにかくふたりは別れること、玄関のガラス代は弁償してもらうことで話がついた。
「ただ、それからアヤコさんがストーカーみたいになってしまったんですよね。夫の職場に現れたり、うちの前に立っていたり。話がついたはずなのに、Yは妻の治療費を寄越せと言い出すし。もう、とにかく夫がいるのがいけないんだと私は怒りまくったけど、夫も疲れきってだんだん顔色が悪くなっていく。
もう夫婦仲が云々なんて言っていられない。夫はとうとう定年を半年後に控えていながら自己都合で退職。実家が山陰地方で、もう誰も住んでいない家があるのでそこへ避難させました。私は弁護士とともに相手夫婦と闘いましたよ」