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紅白の松田聖子にネット騒然、キーを下げたのは“劣化”なのか?

 サザンにユーミン、北島三郎と、昭和の大スターが盛り上げた今回の紅白。そんな中、ひっそりとシフトチェンジを試みた歌手がいました。それが松田聖子(56)。「風立ちぬ」、「ハートのイヤリング」、「天国のキッス」、「渚のバルコニー」のメドレーを、キーを落として(音域を低くして)披露したのです。  それも半音や全音下げどころではなかったので、観ていた人たちもびっくり。ネット上では「残念だなぁ」とか「現実にショックを受ける」と、がっかりする声が見受けられました。
松田聖子

松田聖子『Merry-go-round』2018年

年齢や体調によってキーを下げて何が悪い?

 確かに、かつての歌声とのギャップに戸惑うのも仕方ないのかもしれません。でもキーを下げるぐらい、そんなに騒ぎ立てるようなことなのでしょうか?  「キーを下げてでも歌い方を復活させてくれた」という反応でもあったように、年齢や体調に応じて、無理のない音域で歌ってくれたほうが、聴いている方も安心できます。別にキーを保つ歌手の努力を確かめたいわけではありませんしね。  だからこそ、今回の松田聖子の勇気ある決断には大きな価値があるのです。歌手も年を取れば、曲も齢を重ねる。ファンだって例外ではありません。音楽の作り手、受け手、双方が変化していくのだから、表現方法も変わっていく。リスナーの感じ方だって、若いころとは違うでしょう。  ならば、目一杯キーを落とすのも、その一つだと考えるぐらいの余裕があってもいいんじゃないでしょうか。

aikoの「カブトムシ」にヒヤヒヤした

 その意味で言うと、aiko(43)もターニングポイントを迎えつつあるように感じました。大名曲「カブトムシ」の決めフレーズをアカペラで歌い出すアレンジで披露したのですが、正直、aikoの歌であんなにヒヤヒヤしたのは初めてでした。  ノドのコンディションなのか、音響の問題なのか、現場でなければ分からないこともあったのかもしれませんが、全体的に声が出しづらそうだったのは否めません。  もしこのまま原曲のキーを保って、メロディラインも崩さないとなると、そう遠くない将来に破綻してしまいかねない。何度か喉の手術を経験しているだけに、心配です。  そこで、aikoにも体と楽曲を守るために、良い意味で勇気をもって自分を甘やかしてほしいと思うのですね。その一方で、培ってきた経験と音楽的素養をフル回転させて、衰えた体力の分を補う。長いキャリアを持つ人にしかできない、頭を使ったパフォーマンスを期待したいのです。

30年同じキーで歌い続けるレジェンドの場合

 筆者の大好きな歌手の一人に、ボニー・レイット(69)という人がいます。彼女も「I Can’t Make You Love Me」という代表曲(aikoで言う「カブトムシ」ですね)を30年近く同じキーのまま歌い続けています。  でも、そうするためにそのつど歌のペース配分を変えているのですね。必ず高い音が出なければならない部分のために、力を温存している。当然、メロディラインは変わってくるのですが、そこで経験と素養の積み重ねが生きてくるわけです。声を抑えても聴き手を納得させるニュアンスの付け方を追求する。  メロディラインや声の張り方が違えば、当然歌詞が与える印象も変わってきます。すると、キーやテンポを下げたり、楽器の編成をいじったりしなくても、立派なアレンジになる。そして何よりも大事なのは、最初の表現方法が唯一無二の正解ではないということです。  同じように、「カブトムシ」も時の流れに耐えうる楽曲なので、マイナーチェンジを繰り返しながら、じっくりと深みを追求していけるはず。今回の紅白が、そのきっかけになればいいと思いました。 <文/音楽批評・石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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