「仕事復帰した最初の週末、家族で夫の快気祝いをしたんですよ。少し盛り上げないといけないと私も子どもたちも思っていたから。
そのあと、夫婦だけになった寝室で、夫がしみじみと『マイに苦労させた。ごめんな』と涙をこぼしたんです。驚きました。誰よりもマイが頼りになった、今までのイヤな思いをたくさんさせてきたと思うって。
そしてこれからは何でも相談したい、これはマイに任せると銀行の通帳などを出してきたんです」
夫は療養中、自分がマイさんに完璧な妻や母を求めてプレッシャーをかけたことや、マイさんを信頼せずにすべて自分が仕切っていたことなどについても考えを巡らせていたそうだ。
「結局、そういう傲慢な態度が自分の人生を作ってきたんだと思ったようです。彼が閑職に追いやられたのは派閥争いだけど、その後、彼のことを心から心配してくれた人はいなかった。それは夫に人望がなかったからでしょうね。
夫は自分にとって、何が大切かを勘違いしていたと話してくれました」
その最たるものがマイなんだ、と夫は言った。いちばん大事な人をいちばん苦しめてきた、と。
「夫は地獄を見たことで価値観を変えたんでしょうね。変えたのか変わったのかわからないけど。
『今後の人生、マイと一緒に歩いていきたい』と言ってくれたんです。結婚してから、初めて夫の愛情ある言葉を聞いたような気がしました」
気持ちが寄り添った瞬間だった。それ以来、夫は肩の力が抜けたように家族に素顔をさらすようになった。
「偉そうなことはまったく言わなくなりました。子どもたちの進路についても親身になって相談に乗っているけど、いい大学へ行けとも言わないし、とにかく好きなことを見つけろって。
先日は初めて会社の仕事仲間を家に連れてきました。見ていたら、部下たちが夫を信頼しているのがわかる。それはとてもうれしかったですね」
夫は実母からの強烈なプレッシャーのもとで優等生にならざるを得なかった。そんな過去についてもマイさんは最近、初めて聞いたのだという。
「この3年、結婚してから初めて夫婦の気持ちが穏やかになっているのを感じます。夫が天国から地獄へ落ちたことで、夫婦関係を築くことができたような気がしますね」
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夫婦再生物語 ―
<文/亀山早苗>
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