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田舎のダサ女子が初の海外留学で涙ポロポロ…グランドスタッフになった私の原点

初の海外・初の語学留学はメルボルンに決定

 18歳の冬休み。私の留学先はオーストラリア・メルボルンです。  都会でありながら自然に触れられる場所もあり、落ち着いて生活しやすいだろうと、当時通っていた英会話スクールのスタッフとのカウンセリングで決まりました。  南半球は日本と季節が逆なので、サンタクロースがビーチで水着を着ている姿も魅力的。「真夏のクリスマスもいいな」と。  当時は今ほどインターネットを使う時代ではなかったから、2週間の短期留学をどう過ごそうかと夜な夜な本から情報を仕入れる時間も、すでに留学生活が始まっているかのようで胸が高鳴ります。まぁ、調べたのは主に観光のことばかりでしたが(後々、観光どころではなくなるというのに……)。

出発前からホームシックに陥る

まだ成田なのにホームシック そんな浮かれた私を横目に、「あれもこれも持っていきなさい」と心配性な母。話半分に、「いよいよだ!」と興奮する私の姿は微笑ましくもあったと思います。だけど、いざ出発の日。母が運転する車の中で心細くなってきた私は、「体調が悪い気がする」とボソリ。はい、間違いなく気持ちの問題。  憂鬱さを感じているときの私の口癖に母は、「聞き慣れたセリフ」と口にはしませんでしたが、サクサクとチェックインカウンターに送り届けたあたり、「今回ばかりは甘やかさない」という決意を感じさせます。  大きなスーツケースに受託手荷物のタグがつけられると、「あー、もう後戻りはできないんだ」と取り返しがつかない事をしたのではと不安な気持ちが爆発寸前……。  それもそのはず。これまでの私は、家族に甘え放題で困ったことがあるとすぐに頼っていました。それが家族のもとを離れて一人、はじめての海外生活だなんて。「何かあっても自分で解決するしかないんだ」「国際電話は料金が高いし気軽にかけられない」……。考えれば考えるほど心細くて、今にも泣きたい気持ち。「もう帰りたいー、やっぱり我が家がいい」と心の中で何度も思いました。
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刻一刻と迫る搭乗時間…
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