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自分が選択しなかった生き方を否定しても不自由になるだけ/島本理生×鈴木涼美対談<後編>

19年10月に、さまざまな女性の闘いと解放を描いた小説集『夜 は お し ま い』(講談社)を刊行した直木賞作家の島本理生さんと、11月に女性の選択をテーマにしたエッセイ集『すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない』(マガジンハウス)を刊行した鈴木涼美さん。両作の刊行を記念して19年12月18日に開催されたトークショールポ・後編です! 【前編はこちら】⇒何のために「貞操観念」は存在するのか/島本理生×鈴木涼美対談
島本理生さん×鈴木涼美さん

作家の島本理生さん(左)と鈴木涼美さん(右)

普通の人の抱えている不幸は言語化されづらい

島本:『すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない』は、女性へのインタビュー形式で書かれていますが、最初はずっと淡々と冷静に分析していく内容かと思ってたら、だんだん鈴木さん自身の共感や違和感だったりが込められていくのがおもしろかったです。特にあとがきは、すごく祈りに近いものを感じて、感動しました。 鈴木:連載のときは「A子とB美の複雑な感情」というタイトルだったんですよ。「結婚をする/しない」「仕事を続ける/続けない」「子供を産む/産まない」といった、同じテーマにおける片方の選択Aともう片方の選択Bについて並列して書きたいと思って。男性に比べて、女性のほうが人生において細部にわたり選択肢があって、今の時代、どちらを選んだって表立って非難されることは少ない。どちらが正しいとか、どちらが一般的であるかさえ教えてはもらえない。そうやってある意味フェアに選択できるからこそ、どちらか一方を選ぶと、選ばなかったほうの選択肢を認め、尊重しながら生きるのが結構難しくもありますよね。どうしても相手を否定して自分を保つということをしてしまう。でもそれって自分が辛くなってしまうだけなんじゃないかなと思って、A、Bどちらかの選択を支持するのではないエッセイとして書きました。 島本:この作品に出てくる女性たちって、みんなそれぞれ仕事が充実していたり、経済的には安定していたり、結婚してさらに恋愛も楽しんでいたりとか、外から見たら結構恵まれた立場にいるけど悩んでいる、という人が多いですよね。「恵まれているのに悩むなんて贅沢だ」と言われてしまいそうな人たち。でも、そういった女性たちが抱える悩みや葛藤を描いているのがとてもいいなあと思いました。

自分が選択しなかった生き方を否定してしまう人も多い

鈴木:たとえば私が経験してきたAV業界は、そこに入ってくるまでの事情が激しい人もいればそうでない人もいて。親に暴行を受けていたとか、お兄ちゃんがヤクザになったとか、彼氏に携帯の名義を持ってかれていつの間にか借金まみれになっていたとかいう文字にしやすい不幸を抱えている子たちもいたけど、私はそうではなかったし、普通の子もたくさんいた。でも、激しく必然性があるような背景がある人に比べて、一見そこに必然性がなさそうな、普通の人の抱えている不幸はなかなか言語化されづらいんですよね。私も島本さんもいま30代半ばですが、私たちの世代って、もちろん「親が保守的で厳しい」「地域性が色濃くあって都心部ほど自由ではない」みたいな縛りは人によってはあるけど、それでも前の世代に比べると、仕事も恋愛も自由に選択できてきた世代でもある。満たされない思いや悩みは確実にあるんだけど、なまじしっかり選択する自由があったからこそ、文句を言うと「贅沢だ」「自己責任だ」って言われそうで口にしづらい。だから、ガス抜きのために自分が選択しなかった生き方を否定してしまう人も多いんじゃないかなと。 島本:みんな満たされないものを抱えているのに、「結婚してるんだからいいじゃん」とか「ちゃんと本腰入れて婚活やってこなかったんだから自業自得じゃん」とか、お互いに自分を否定したくないから相手を否定しちゃう。 鈴木:「そんなこといっても結局自分が選んだ結果でしょ」という自己責任論がどんどん強くなっていますよね。ひとつの価値観や倫理観に疑問を呈するとたちまちファイティングポーズになってしまう。
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自分の凡庸さを受け入れることが重要
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