ミセス新曲MVの「キャバ嬢」描写になぜ批判?大森元貴が描く物語と、現代エンタメの“過剰さ”
Mrs. GREEN APPLE(以下「ミセス」)のアルバム『POPS』に収録されている「シンデレラ」のMVが物議を醸しています。
キャバクラで働く女性の葛藤を描いたストーリーに疑問の声があがっているのです。
まずはビデオの内容を紹介しましょう。
映像は、主人公の女性の幼少期からスタートします。テレビには緑色のドレス姿のお姫様と王子様のダンスシーンが映し出されている。そこで両親から女の子に同じ色のドレスがプレゼントされるというサプライズがあり、彼女の人生は希望に満ち溢れたものになるはずだった、という前フリです。
すると、場面が変わり、大人になった彼女がいるのは安売りスーパー。鏡に映る疲れた顔に辟易しつつも、安売りの弁当を探しては、部屋に帰ればベッドに倒れ込む毎日が描写されている。
そして、監督、企画、脚本を手掛けた大森元貴が、夢と現実の厳しいギャップを象徴するためのモチーフとして選んだのが、キャバクラに勤める、いわゆる夜職の女性なのです。
映像には通常の接客に加え、いわゆる「パパ活」を連想させる際どいシーンもあり、批判が殺到しているというのが事の経緯です。
では、「シンデレラ」のMVを問題視する人たちは、いったいどこに引っかかっているのでしょうか?
もっとも多い意見が、キャバ嬢やホストなどの夜職についての認識が極めて甘い、というものでした。そうした職業の人たちは「海外では身体を売るのと同じような扱いである」というシビアな現実もあるので、このようなシナリオを考えた大森は少し視野が狭いのではないか、というわけです。
また、日本一の売れっ子男性グループであるミセスが、弱い立場に置かれた女性のままならない人生を描くことに対して、あまりにも無自覚なのではないかと訴える声もありました。
「自分と違う属性の人間を対等に見ていないから軽々しくテーマの駒として使えるのだ」という指摘は、耳が痛いところかもしれません。
そして今回興味深かったのが、韓国のミセスファンがひどく落胆していることです。「大森が歴史的・社会的に物議を醸しそうな題材を得意げに持ち出すのを見るたびに、義務教育課程と大学教養レベルの知識の空白があまりにも多いと感じる」という投稿は多くの共感を集めています。
つまり、大森元貴の創作に対する意欲はわかるけれども、彼にはそのエッセンスを効果的に世間に訴えるだけの知的訓練を受けていないのではないか、と言っているのです。
これは、今回の一件で、もっとも本質的な批判と言っていいものでしょう。











