「遅い朝食を食べ終わると、散歩に出るか、スーパーに買い物に出るか。もちろんふたりで出かけます。家にいる場合は念入りな掃除か、ライフスタイル誌を読みながら今度行きたい店に付箋を貼ったりする。雨の日はよくモノポリーや何千ピースかのパズルをやりました。
朝から晩まで、文字通り志津と常に一緒です」
ちなみに、仲本さんと志津さんが互いの友人を相手に引き合わせたことは、一度もないそうだ。
「夜は、散歩ルートの途中にある成城石井で買ったワインやナッツをつまみながら、彼女が借りてきたDVDか彼女が録画したテレビ番組を観ます。
僕に選択権はありません。毎週末、そんな感じでした」
日曜日が終わる時の志津さんは、常に暗かったという。
「日曜の夕食が終わると志津の表情が段々暗くなってきて、しくしく泣きはじめるか、僕に当たってきました。会社が嫌というわけではないんですが、休日が終わる時の気持ちの切り替えが、すごくストレスなんです。だから
連休最終日や正月休みの終盤は、ものすごく荒れました。連休が終わる2日くらい前から、目に見えて機嫌が悪くなってくるんですよ。だから僕、連休が近づくとすごく気が重くなりました」
土日の単独外出は禁止。常に志津さんと一緒。
志津さんの求めで毎日の風呂も一緒。仲本さんが友人にメールを打てるのは、トイレで用を足している時だけだったそうだ。それ以外はずっと彼女を「見て」いなければならない。しかし、じっと見ていれば見ているで、志津さんの機嫌が悪化することもあった。
「一緒に食事をして僕が先に食べ終わったので彼女を見ていると、
『何見てんの? 何が不満?』とつっかかられることが、しばしばありました。携帯を見ると怒るので、志津を見るしかないんですが……。こういう被害妄想が常日頃から凄まじかったです。
僕の体調が悪くて
『頭が痛いからちょっと横になるね』と言うと、すぐさま『すみませんね、私のせいで頭痛くさせて!』と嫌味っぽく言ってくる。普通の口調で『映画の時間ギリギリだから急ごう』と言うと、『私のせいみたいな言い方しないで!』とイラつかれる。僕はそういう言い方なんてしてないし、志津を責める気もさらさらないんですが、何かにつけて僕が悪意をぶつけてくると抗議してきました」
志津さんは癇癪(かんしゃく)もひどかった。
「古新聞がうまく縛れないとハサミを床に投げつけるし、キッチンの引き出しの立て付けが悪いと『あ゛ーーー、もうーーー!』と言って引き出しを壊れるかと思うくらいガタガタさせる。海外製の家具を一緒に組み立てた時は最悪でした。ネジや金具がすごく固くて、寸法とかもわりといい加減だったんです。うまく組み立てられなくて二人で苦戦してると、
『もういいじゃん! 不良品だよ! 捨てよ捨てよ!』と怒鳴って、天板とドライバーをフローリングの床に投げつけ、床がえぐれました。
僕がトイレに入っている時、志津が足の小指をどこかにぶつけたことがあるんですが、
『痛ーーーーいぃぃぃ、死ぬ、死ぬーーーっ』と叫びながらすごく苛立っていました。トイレを出て『大丈夫?』と声をかけると、泣きながらガチギレされましたよ。なんですぐ駆けつけてくれなかったのって。日々、そんなのばっかりです」
仲本さんが今でも後悔している言葉があるという。
「付き合いたての頃、毎日がつらくて苦しいと泣きじゃくる志津を軽い気持ちで励まそうと思い、『明けない夜はないよ。大丈夫』って言ったことがあるんです。すると志津は悲しそうに言いました。
『あのね、夜がいつ明けるかわからないから困ってるの。今この瞬間が苦しいの。それが現実で、それが私のすべてなの。そんな気持ち……わかんないよね?』って。自分を恥じました」
そんな生活が1年半ほど続いたある日の夜、寝床についた志津さんは、大学時代の友人から結婚式の招待状が届いたことを仲本さんに報告がてら、イライラした口調でこう言った。
「ねえ、私たちいつ結婚するの?」
仲本さん33歳、志津さん28歳。仲本さんの本当の地獄は、ここからだった。
※続く#2は、5月29日に配信予定。
<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>