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“地獄のような離婚”で知った、夫婦が「向き合いすぎない」ことの効用

ぼくたちの離婚 Vol.14 縁側とテーブル #2】  離婚した男性たちに、離婚の経緯とその後の顛末を聞く本連載。男性たちがここまで赤裸々に自分の離婚について語った読みものが少ないからか、過去13回、毎回大きな反響がありました。そんな人気連載がこのたび、同名タイトル『ぼくたちの離婚』(角川新書、11月9日発売)として書籍化されました。 『ぼくたちの離婚』 それを記念し、いつもとは趣向を変えて「離婚と親」にフォーカスしている特別編。今回はその後編です。

「人生は長く、一度しかない」

「離婚に際しては、あらゆる地獄を見ました」  そう語る土岡純也さん(仮名/43歳)は、数年前に地獄のような離婚劇を繰り広げた。仕事や結婚、すべてに対する考え方を妻から否定され、口撃され、ついには会社を辞め、心療内科にも通った――。 「離婚については、元妻との話し合いで最終決定したその日に、メールで父に伝えました。年の瀬も押し迫った頃ですね。理由は書かなかったです。とにかくもう無理だ。結論はもう出ている。親不孝で申し訳ない、とだけ。そうしたら、数時間後に父からこんな返事が返ってきました。今までに何十回も読み返したので、今でも暗唱できます。 『成熟した大人の夫婦が話し合いに話し合いを重ねてその結論に至ったのだろうから、お前の決断は尊重する。人生は長く、一度しかない。我慢して残りの人生を不本意な相手と過ごすよりは、早く人生の再スタートを切ってほしい。母さんも同じ意見だ』」  メールを読んだ土岡さんは、パソコンの前で嗚咽したという。 「僕は、人生のなかで、ものすごく重大で残念な決定を、両親に一言も相談しないで決めてしまったんです。あんなに大切に育ててもらったのに、不義理もいいとこですよ。父は家族の大切さを身をもって示してくれたし、母からはたくさんの心に響く言葉をもらった。なのに、僕は何ひとつ応えられなかった。本当に情けない。にもかかわらず、彼らは離婚の理由を聞き出そうともせず、ただ了解してくれました。最高の親です」  父親からのメールには、すぐにでも会いたいと書かれていた。ちょうど12月だったので、土岡さんはすぐに新幹線の切符を取り、年末の帰省がてら、実家のある某県に向かった。離婚届の証人欄に署名捺印してもらう目的も兼ねて。 「実家の最寄り駅までは父が車で迎えに来てくれました。前の年まで帰省時は元妻と2人だったので、毎年座るのは後部座席でしたが、その日は助手席。父の横顔を見ると、僕が思っていた以上に歳をとっていました。というか、それまでまじまじと父親の横顔を見たことがなかったんですVol.14 家まで20分ほどの間、土岡さんの父親は離婚について一切、切り出さなかった。 「新幹線は混んでたろうとか、母さんが張り切って料理して待ってるぞ、とか。車が家に到着する直前に『ゆっくり休んでいけ』って言われた時には、泣きそうになりました」
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下戸の両親と乾杯する
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