「
指が自由に動くということには、大きな意味があるんです。この苦しみを、この理不尽を、いざとなったらこの指で携帯に打ち込んで、文章にして、どこかに発信できる……かもしれない。いえ、発信する勇気なんてまるでなかったですが、
発信できるかもしれないという可能性があるだけで、僕にとっては救いだった。毎日、寝る前の数十分間だけでも、自分は生きてるって感じられたんです」
アウシュビッツ、という言葉が浮かんだ。
「当時はそんな程度のことでも希望だったんですよ。この苦しみを誰にも伝えられないまま、いずれ僕が消えていく。そんな絶望に比べたら、指だけでも動かせるのは、遥かにマシだなって」

ここで仲本さんは、長瀬智也と岡田准一主演の「タイガー&ドラゴン」というTVドラマの話を持ち出した。脚本は、昨年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」を担当した宮藤官九郎。落語家一門の物語である。
「結婚前の志津と同棲中に見たドラマなんですが、妙に心に残っているシーンがあるんです。かなりうろ覚えなんですけど、岡田准一演じる落語家が、どうしようもなく絶体絶命の窮地に追い込まれた時、たしかこんな感じのことを言うんですよ。『
あとでネタとして話す時のこと考えると、すげえワクワクするぜ』って。
僕は寝床で『倉庫番』をやりながら、毎晩のようにそのことを思っていました。過酷な吹雪の中で、それだけが唯一の希望だったんです。
もし、いつか生きてこの窮地を脱出できることがあれば、この地獄をネタにして誰かにおもしろおかしく話せる。落語みたいに“噺(はなし)”として昇華できる。このつらい経験は決して無駄じゃなかったと思えるって」
なんて強い人間なのだろう。しかし『倉庫番』と「タイガー&ドラゴン」だけで、仲本さんの地獄は埋められなかった。結婚して3年が過ぎる頃から、仲本さんはある特殊なポルノビデオにはまりだす――。
※続く#3は、6月1日に配信予定。
<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>