育児にも悪影響を及ぼしているのに、なぜ彼女はアルコール依存症の夫のことを許せるのだろうか。由紀さんは私の疑問にこう答えた。

「まず、結婚っていうものに理想がなくて、うまくいかなくなったら離婚すればいいし、夫のアルコール依存症は夫の責任だし、そんな人を伴侶に持ったとしか考えていないからかな。
結婚という契約をそんなに重く捉えていないというか。
あと、自分の人生を実験、ネタの一つと考えているところがあって、結婚もその一つだね。でも、そのネタは自分の中でおもしろいと捉えることはいいけど子どもの親としての重い責任はある。でも基本的には問題のない家庭は存在しないから、この難局をどう乗り越えるか、ミッションと考えている。
だけどこの状況が続いたら子どもにとって良くないから、家族は解散という話になるけど、そうはならないんじゃないかなとは思っている。仮にそうなったとしても絶望するわけではなく、『ああ、そうなっちゃったか』という感じかな。うちの夫、少し神経質なところがあって赤子の泣き声で育児ノイローゼみたいになった時期があったの。それで、会社帰りに歩きながら隠れて酒を飲んでくることもあったよ。
アルコール依存症は夫の責任だけじゃなくて育った家庭も関係しているからね。アルコール依存症の世代連鎖をさせないために、機能不全家族にしてはいけないという思いもあるよ」
ミッションとは、なかなか楽観的とも取れる考えである。話を聴いている最中、ふと由紀さんが私のネイルを指差し
「ネイル可愛いね」と言った。赤くただれた由紀さんの指と色鮮やかなアートが施された私の指先の対比に、少しの悲しさとなぜだかなんだか申し訳ない気持ちになった。
私は独身で彼氏もいない孤独な生活を送っていると思っていたが、ネイルサロンに通ったり髪の毛を派手な色に染めたりと自由にやっている。由紀さんは、オシャレをできる母親もいると思うけど、自分は夫の世話もあるから自分の身なりまで気を遣うのは無理だと語る。
アルコール依存症の夫の世話と二人の子どもの世話に追われる由紀さんは幸せといえるのだろうか。私が由紀さんの立場だったら私の性格上、発狂しているに違いない。

「アルコール依存症の夫を選んだのも出産を決めたのも自分。
自分で選んでいるから私は幸せだと思っているよ。
授かり婚と言っても選択肢はあったわけ。誰にも言わずに堕ろして全部ないことにすることもできた。でも二人目を生むことも自分で選んだ。こういう家庭を選んだことを傍から見たら危なっかしいと言う人もいると思う。
例えば20代の半ばだったら、選んでいたとしても自分で選んでいる感が薄くて想定外だと思うことが多かったと思う。もちろん今でも想定外のことは起こるんだけど、そのときどこに助けを求めればいいのか、どういう選択肢があるのか、これぐらいの年齢になると調べる術も持っている。
こういう取材を受けることにしても、何かしら世の中に還元する、この経験が何かしら誰かに活きていくかもしれないと思う。それほど人生に翻弄させられていると感じることはないかな」