「
真っ暗な部屋に、亜子が幽霊みたいにぼーっと立っていました。びっくりして、『え? 何してんの?』って言ったら、ゴニョゴニョと聞き取りづらい声で
『あなたを待ってた』って。……ぞっとしました」

おそらくスペアキーを作っていたのだろう。とはいえ、今日この時間に筒本さんがマンションに立ち寄ることを、亜子さんが知るはずはない。何日間もずっと待っていたのか。それも定かではない。
「亜子は『お金貸してほしい』と僕に言いました。
渡した100万円はどうしたのかと聞いたら『歌舞伎町で使ったら、すぐなくなっちゃった』と。ホストクラブで豪遊したようでした」
あまりのことに呆然として立ち尽くす筒本さん。暗がりに慣れてきた目で亜子さんの顔をよく見ると、視線が虚ろ。ろれつも回っておらず、まともな会話ができない。
すると亜子さんは「お金欲しいなー」と言いながら、キッチンに向かってゆらりと歩き出した。
「予想通り、包丁を手に取りました。こっちにつかつか歩いてきて、
突然激昂して『金貸せって言ってんだろぉおおーーーーー』。鼻先くらいの距離まで刃物が迫ってきて……。亜子は明らかに意識が朦朧(もうろう)としていました」
ここで騒いだり押さえつけたりすれば、逆上されかねない。筒本さんは「今お金持ってないから、コンビニで下ろせるだけ下ろしてくる。だから包丁だけ下げてくれないか」と言って亜子さん落ち着かせ、彼女を部屋に残してマンションの外に出た。
「実は、離婚前に亜子が『死ぬ死ぬ騒ぎ』を起こして僕が身の危険を感じていた時、所轄の警察署に相談してたんです。その時相談に乗ってもらった警察官に携帯から連絡しました。今、元妻が包丁出してます、と」
するとパトカーが3台到着し、中から出てきた警官が部屋にいた亜子さんを取り押さえた。亜子さんは抵抗し、大声で叫ぶ。「離せっつってんだろぉぉぉ! 離せバカヤロー!」。筒本さんは
「まるで『警察24時』のようでした」とため息まじりに振り返る。