婚姻届を出してから半年後、娘が産まれた。
「もともと出産したら私の実家の母が手伝ってくれることになっていたんです。退院する日、夫はどうしても仕事で病院に来られないというので母に迎えに来てもらいました。母と一緒に帰宅したら、自宅にいたのは義母。びっくりしました。『あなたが入院している間、ずっと家事をやっていたのよ』って。
夫はひとりで暮らしているけど何の問題もないよと言っていたのに。どうしてそんなすぐバレるウソをつくのか不思議でしたね。義母は家の中を忙しく動き回って、『私がやるのでおかあさんはいいですよ』と私の母を帰そうとしたんです。だから『お義母さんこそ、もうお疲れでしょうから、今日は自分の家で寝てください』と私が言って帰しました。義母が家にいたら気が疲れますから」
すると夕方、夫から連絡があって、「どうして母さんを追い出したんだ」とおかんむり状態。ユリカさんも売り言葉に買い言葉で、「いや、話が違うでしょ、そもそも退院したら私は母に来てもらうって言ったじゃない」と電話でケンカになってしまった。
「あげく、夫は『もういい。今日は実家に帰る』と。『あなたの子が自宅に初めて帰ってきたのに会わないの?』とたずねたら、『母さんの心の傷のほうが心配だ』って。え、こんなことを言う人だったのかと愕然(がくぜん)としました」

自分が親になったというのに、最初に気遣うのは母親のこと。何か違う、筋が違うとユリカさんは悶々とした。
数週間で母は自宅へと戻っていったが、その間、夫が帰ってきたのはほんの数日だったという。
「私が義母をなるべく避けたいのと同じで、夫も私の母とはあまり会いたくないんだろうと私は自分を納得させたんです。もともとは他人同士だし、夫と私が信頼しあっていれば問題ないはずだ、と」
母と入れ代わりに戻ってきた夫は、以前のやさしい夫だった。ところが実際に子どもを抱いたのは産まれたときだけ。父親教室には通っていたが、実際に子どものめんどうを見るには心の準備も体験も少なすぎた。
「子どもを抱こうとして、あまりに柔らかいから怖いと言い出して。それきり抱き上げようとしませんでした。ミルクもおむつ替えもろくにやってくれたことはないですね。代わりに家事をやるならわかるんですが、それもほとんど手を出さない。食洗機を買ってくれたのが唯一の妻孝行でしょうか」
彼女はなるべく早く仕事に戻りたいと思っていた。娘が8ヶ月になったころ、たまたま近くの保育園にゼロ歳児の空きがでて、さっそく手続きをした。
「その晩、夫に保育園に預けられるから1年待たずに仕事復帰すると告げたら、急に怒り出して義母に電話で訴えたんですよ。『1歳になるまで自宅で育てると言ったのに』って。私も途中で電話をかわって文句を言われました。もちろん私は保育園をキャンセルするつもりなんてありませんでしたけど」
そのとき、夫は自分が言いたいことを妻には言えず、母に頼っているのだとはっきりわかったという。
「ふたりで話し合って何でも決めていこうと言わなかったっけと夫に確認しました。すると夫は、話し合ってるじゃないか、と。私はあなたと話し合いたい、お義母さんと話し合いたいわけじゃないと言ったら不機嫌に黙り込んでしまいました」

交際中も同棲中もまったく見えてこなかった、彼の母への依存はそれ以後、どんどん顔を出すようになっていく。
「開き直ったんですかね、彼も。娘のことも家計のことも、それこそカーテンの色までお義母さんに相談しているようでした。夫が何か言い出したら、それは義母の意向だと受け止めることにしたんですが、私にとっては不快な日々でしたね」
それでも娘が大きくなるにつれ、夫も父親としての実感が出てきたのだろう。娘をかわいがるようになっていった。ユリカさんにもときおり思いやりを見せるようになる。
「もとはやさしい人なんだから、先輩もそう言っていたんだからと、私は自分に言い聞かせていました」