「
沙織ちゃん、私はね、“あげまん”なの」と恵子さんは勝ち誇ったような顔をして語り出しました。
「私は高卒で、夫が入社する前から会社の受付をやっていたんだけれど、彼を一目見たときに、“匂い”を嗅いだのよ」

上品な恵子さんからまさか“あげまん”という言葉が出てくるとは思わず、固まってしまいながらも“匂い”とは何かと沙織さんが恵子さんに聞くと、更なる衝撃の言葉が。
「
金の匂いよ」
そして、恵子さんはわずかに唇を緩ませてこう話しだしました。
「そのとき彼はまだ部長だったんだけど、この人は出世する、とすぐ分かったから、私の誕生日に思い切って『今日は私の誕生日だから食事に連れて行ってください』って彼に頼んだの。それからお付き合いが始まって、
私は彼を改造したのよ。ダサい洋服を全部買い替えさせて、ダイエットも始めさせて、デキるビジネスマンに外見から変えたの」
恵子さんが言うには、彼女の夫は抜群に優秀でしたが、おとなしすぎたのだとか。恵子さんに改造された夫は自分に自信がつき、めきめきと頭角を現して、見事社長に就任。子供が中学を卒業したら、アメリカのボーディングスクール(寄宿学校)に送り、リタイアして夫婦2人で世界旅行をしながら遊び暮らすというのです。
“あげまん”、 “金の匂い”……強烈な言葉のアッパーカットをくらい、しどろもどろになっている沙織さんを横目に、恵子さんはすくっと立ちあがり、息子たちのいる部屋へ行きました。そうして、眠っている我が子の耳に顔を近づけて、なにかひそひそと囁き出したのです。面食らった沙織さんが恵子さんに何をしていたかと聞くと……。

「
子供に“願い”を語りかけているの。私はね、夢は本気で毎日願ったら必ず叶うと信じているの。実際に私は自分に言い聞かせて、夢を叶えたし。
息子には絶対に世界的な外科医になってほしい。だから毎晩、眠っている彼に『
あなたは将来イェール大学の医学部に行って、世界的な外科医になって珍しい症例をばんばん作るのよ』って語りかけているのよ」と自信たっぷりに言う恵子さん。何でも願いを具体的に語れば語るほど、それが実現化するのだとか。
思わず、「珍しい症例(症状)って作るもんなの?治すもんじゃないの?」とツッコミそうになった沙織さんでしたが、ぐっとこらえて恵子さんの叶った夢が何だったか聞いてみました。
「シャネルのバッグよ。ずっと『私はいつかシャネルのバッグを手に入れる』と自分に言い聞かせてきたら、夫に買ってもらえたのよ!しかもブシュロンの指輪というおまけ付き」
「小さっ」と内心叫んだ沙織さん。しかし壮大な願いをただ漠然と抱くのではなく、実現可能そうな自分の目標を少しずつ手に入れていくのが、本当の夢の叶え方かもしれない、と妙に納得したそうです。