そうした思いから、2017年、都民ファーストの会から出馬し、都議会議員になった龍円さん。日本の、遅れている障害児行政を変えたくて議員になったのだろうか。

都議選の選挙活動中
「議員になって、体制から変えたいと思いました。以前は“アメリカみたいにしたい”と思っていたのですが、実際、都議会議員になってみると、体制を根本から変えるのはとても難しいと気づきました。今ある体制の中でどうベストにしていくか、どうベターにしていくか、苦心しているところです」
ところで、龍円さんの長男は地域の学校の通常学級に通っている。障害のある子どもは、特別支援学校や支援学級に行くという手もあるが、龍円さんはなぜ通常の学級を選んだのだろうか。
「アメリカでは『
インクルーシブ教育』といって、障害のある子もなるべくみんなと一緒に学び育つ制度になっているんです。インクルーシブ教育は、国連で採択された障害者権利条約に基づいて、世界中で主流になっています。
『万人のための教育』とも言われていて、障害がある人にとってもない人にとっても、“いろんな違いのある人”が一緒にいることが、良い影響や学びや成長があることがわかっています。
インクルーシブ教育を進めるのは、私の政策の要になっています。市区町村によっても違って、たとえば
国立市はフルインクルーシブ教育という先進的な取り組みをしていますね。一方で、まだまだ多くの自治体では、障害のある子は別の場所に分離して教育したいと考えているようです」
昨年、日本初のインクルーシブ公園が世田谷区と豊島区に誕生した。障害がある子もない子も、みんなが楽しく遊べる公園だ。龍円さんが都議会に提案し、完成にこぎつけたのだ。

世田谷区・砧公園内の「みんなのひろば」。遊具の大きさやスロープなど、障害がある子もない子も楽しめるように設計されている
「“みんな同じ”なのが当たり前、っていう社会は、それと違う人にとって、すごく生きづらいですよね。だから、子どもの頃から、インクルーシブ公園で“自分とは違う人”たちと遊んで学ぶのは、とても大切だと思うんです」
インクルーシブ公園はたくさんの親子に賛同を得ていて、今、東京都内各地、そして日本中で導入の検討が始まっているという。
次回は、シングルマザーをめぐる龍円さんの活動について紹介する。
<文/姫野桂>
【
龍円愛梨】
1977年生まれ。法政大学卒業後、1999年にテレビ朝日に入社。アナウンサー、社会部記者を経て2011年退職。同年渡米し、2013年に長男を出産。2015年、シングルマザーとして長男と帰国。2017年、都民ファーストの会から出馬し、都議になる。現職 Twitter:
@airiryuen