「テーマは特に意識もせずに、その時の気分で決めていました」
本部長が赤ちゃんになるという、このちょっと変わった設定で物語を描こうと思ったきっかけは?
「確か、前の連載が終わった後で何本かSFっぽい読み切りを考えていたときの1本だったんですよ。そしたらちょうど子育てモノの連載をしたいという媒体があったので、タイミングよくすぐにスタートしたという経緯があります」
ということは「これが描きたい!」と思って出来上がった作品ではなかったんですね。
「はい。いっぱいのアイデアの中のひとつでしたし、正直言って内容を想定してなかったんですよ。これまでエッセイ漫画ばかり描いていたのもあって、ストーリー漫画を描くことを頑張るって気持ちが一番にあったので」
そうだったんですか? 一話ごとに何か強いメッセージ性があるのかと。
「そういうのはないですね。テーマは特に意識もせずに、その時の気分で決めていました」
その感覚であれだけ考えさせるものを生み出しているというのがスゴすぎます。キャラクターにモデルはいるのでしょうか?
「主人公の本部長のモデルは私の父親です。本部長の方がマイルドな性格ですけどね。世間一般によくいる60代の男性で、悪いホモソーシャルで育った人なんです」
本部長は赤ちゃんになったことでその部分が大きく変化していったように思いますけど、隣の営業二課の橘部長は感覚がアップデートされないままで生きていますよね。
「橘部長はもともとは自分でそこに気づくことのできる優しいおじさんの設定だったんですよ。でも、担当さんに相談したら『いっそ固定観念バリバリの方がいいんじゃない?』って提案されて、よくないことを言う人に敢えてしたんです。あの作品には嫌なキャラがほとんどいないので、テンプレートな昭和のおじさんにしたことは結果的に良かったように思います」
でも、困った部分もある橘部長に対しても部下たちが正そうとしていたり、セクシャルマイノリティの子育てカップルにも理解が深かったり、本部長のいる会社はすごくホワイトな企業だなと感じましたが。
「それ、色んな人に言われました。みんなブラック会社に勤めてるんだなぁ、大丈夫なのかなぁって心配になっちゃいました。私自身に会社勤めの経験がないし友達にも会社員がいないので、本当にイメージだけで描いてたから、まさかああいう会社がホワイトと呼ばれるのだとは思わなかったんです」
ですが、担当である編集さんも言ってみれば会社員でしょう?
「あの仕事もまた特殊じゃないですか。一般的な会社のことはよくわかんないって言ってたので『こんな感じじゃない?』って打ち合わせでふんわりと決めてしまったんですよ。お陰で作品のハートフルさが増してしまいましたね」
竹内佐千子「赤ちゃん本部長(2) (ワイドKC) 」講談社
竹内さんにとっては、会社という現実的なシチュエーション自体がSFだったんですね(笑)。
「そうかもしれません。私の中では、本部長が赤ちゃんになるってこと以外の部分もすべてSFですね。わからないものをテーマにしてるってことでいえば、赤ちゃんも私にとってすごく遠い存在なんですよ。友達の出産報告すらスルーする私が赤ちゃん漫画?!ってみんな驚いてました」
確かに本部長の顔つきは、一般的な赤ちゃん漫画にはとても出てこなそうなシュールさがありますよね。
「どうしても可愛く描けなかったです(笑)」