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作家・燃え殻さんの言葉になぜ救われるのか。レースから降りたことで見える世界

 ベストセラーとなった小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』以降、作家として活躍を続ける燃え殻。最新作『夢に迷って、タクシーを呼んだ』に込めた思い、著名人によるコメント、有名書店員のメッセージから燃え殻の魅力を考察していく。

迷いや不安をすくい上げてくれる作家の素顔

燃え殻

燃え殻

 ツイッターで何気なく発信していた言葉が注目を集め、テレビの美術制作会社で働きながら執筆活動を始めた作家・燃え殻。小説、エッセイ、人生相談、SNSで綴られる彼の言葉はなぜ読む者の心に響くのか?  コロナ禍により部下を休職させることを命じられ、自分も一緒に休職することを決めたのが約1年前。暫定的に専業作家となった燃え殻の最新作である同作には、コロナ以降の2020年の東京の空気が、色濃く立ち表れている。 「僕、渋谷にいることが多いんですけど、街の風景が変わったんですよ。高くないけどそんなに安くもない、たいしてうまくないけどまずくもなくて、つぶれることはないだろうっていう店が、街のほとんどじゃないですか。それが軒並みなくなった。そうなると、世の中これだけギスギスするんだな、って」  うまくもないまずくもない普通の店、グラデーションの中間がなくなったことで、「街がインターネットの世界のように分断した」と感じたという。 「両極どっちかの意見を求められるじゃないですか、インターネットって。限られた時間しか見られないから、書くほうも早口で、いろんな文章を端折って、主要なことしか書かない。だから実際に会うと『ネットと違って、落ち着いた人だった』とか言う。ネットの中だと、余計なことを言わないから。でも、余計なことがあるから、その人が落ち着いた人だとわかったりするんですよね。そういう部分が、街からも削られちゃった気がする」

「これでいいのか、って安心するのかな」

 作品の感想はツイッターで燃え殻宛てに投稿されることが多いが、世代や性別にかかわらず「少し寂しくて空虚で、でもそれでいいんだ」「大丈夫、の言葉に安心できた」など、読んで救われたという声を多く目にする。  だが、彼の文章は、人と関わって生きていくうえで生じる困難や不愉快や絶望などをどう乗り越えるかという解決法は、一切教えてくれない。ただ、「そういうことがあった」という事実が、叙情的な筆致で、淡々と、美しく、時に哀しく綴られていくだけだ。 「少し前に『相談の森』っていう人生相談の本を出したんですけど……人生相談を受ける人って、肩書が立派な人が多いじゃないですか。僕だったら、そんな立派な人に相談できないな、と思って。怒られそうだから。僕は『自分も将来こうなりそうだな』っていう人に相談していたんです。清掃のバイトをしていた時の先輩とか。 『俺、このままやっていっていいと思いますか?』って聞いたら、『わかんないけど、肩痛いよね』みたいな、答えになってないことを言う。でも、なんとなく『このまま続けないほうがいいな』っていうのはわかる(笑)。そんな感じなんじゃないですかね。僕の本を読んだ人たちも、『これでいいのか』と思って、安心するのかな」 【自分がうまく社会人になりきれていない気がしてがっかりする、でも「生粋の社会人」なんているのだろうか、みんな「劇団社会人」に属していて、それらしく演じるのが上手い人と下手な人がいるだけな気がしてならない】──本書にはそんな記述がある。 「本当はみんな、『劇団社会人』をちゃんとできてないんですよ。でも、できてるフリしないと、査定とか下がっちゃうじゃないですか。でも僕、休職したし、もう関係ないから。できてるフリをしなくていい自分が、ちゃんとできてないってことをそのまま書こう、という気持ちはあるかもしれない」  加齢とともに人生のステージを上げていかなくてはならない、そんなレースから降りて、だからこそ見える世の中と、自身の小さな日常を言葉にする。その言葉が、読む者の迷いや不安、忘れていた思い出をすくい上げ、ままならない日々にささやかな赦しを与えてくれる。だからこそ、多くの人が今、燃え殻の言葉を求めるのだ。
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矢部太郎さんら著名人のコメント
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