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Vol.21-2 首を絞められても結婚を決意。人格障害の妻との日々を、夫は涙で語った

理解することと受け入れることは違う

 精神疾患を持つ人が自分の病状を完全に認め、受け入れるのがどれほど大変なことか。経験された方やその近親者ならわかるはずだ。  人は、自分の心に不具合があることなど認めたくない、知りたくない、通院なんてもってのほかだと避けようとする。それを他人から強要されるでもなく自力で認めるには、並大抵ではない勇気と覚悟が必要なのだ。 「僕が彼女をもっとも尊敬するところです」  話しながら、小林さんは少し涙ぐんでいた。 「初美は僕に、生まれてはじめて人を信頼することができたと言ってくれました。はじめて人と一緒にいて楽しいと言ってくれました。二人で幸せになりたいし、僕が死んだ時には一緒に死にたいと言ってくれました。僕も同じくらい信頼していたので、初美が発作的に飛び降りようとしたときには、一緒に死ぬよと言いました写真はイメージです とめどなくあふれる、愛にあふれた言葉。しかしここに至るまでには、壮絶という言葉では言い表せないほどの苦難があった。  実は現在の小林さんは左耳が聞こえづらく、左肩も完全には上がらない。 「初美が右利きなので、右手で僕を殴るとちょうど左耳に当たり、僕が倒れている状態で右足で蹴ると、ちょうど左肩に当たるんですよ」  にもかかわらず、小林さんは初美さんを一切恨んでいない。そして一瞬たりとも心が折れなかった。  それがいかに稀有で奇跡的なことか、筆者にはよくわかる。今まで、妻の精神疾患が理由で離婚してしまった男性を何人も取材してきたからだ。  彼らは最初、妻の精神疾患に理解を示し、「この気の毒な女性を救うんだ」と決意して意気揚々と結婚を決意する。しかし、精神疾患は一朝一夕に治るものではない。延々と繰り返される妻の不機嫌や暴力、精神的攻撃に疲弊を極め、いっこうに報われない努力に徒労感が募りゆく。やがて愛していた妻に憎しみすら抱くようになり、自己嫌悪と後悔のうちにギブアップ。妻の手を離してしまうのだ。  相手を理解することと実際に受け入れることには、天と地ほどの差がある。  精神疾患者をパートナーとする際には、想像を絶する覚悟が必要とされる。自分の人生の大半をパートナーに捧げてもいい、もっと強い言葉を使うなら、「人生を犠牲にしてもいい」と言い切れるほどの覚悟が。

忍び寄る黒い影

 先ほど見せてもらった壮絶な動画が、頭から離れなかった。目の前で罵詈雑言を吐き続け、自分の首を絞めてくるこの女性と、この先の生涯も共にする。そのことに不安や後悔はなかったのだろうか。今すぐ初美さんと離れて平穏な毎日を送りたいとは、一瞬たりとも思わなかったのだろうか。  小林さんは聞いたこちらがひるんでしまうほどに、迷いなく、きっぱりと即答した。 「僕は、精神疾患はひとつの個性だと思っています」  門外漢が発せば、あまりにも偽善に満ちた言葉だと非難されるだろう。しかし小林さんは、暴れる初美さんの手を一瞬たりとも離さなかった。ギブアップしなかった。言う資格はある。  初美さんの病気を深く理解し、献身的に尽くす小林さん。自らを直視し、治療に奮闘する初美さん。このままいけば、二人は幸せになれるように思われた。  しかし、運命の神はそれを許さない。  初美さんの男性恐怖症の元凶である父親が初美さんに、「実家の近くに住め」と頻繁に連絡してくるようになった。父親と縁を切りたい初美さんは悩み、苦しみ、小林さんに言う。 「私は父と向き合わなければいけないと思うの。だから、私と一緒に会ってほしい」  自らの人生にカタをつける。なんて毅然とした、勇気ある決断だろう。小林さんはもちろん了解した。  しかしこの決断は、やがて初美さんが離婚裁判を起こす原因に発展してしまう。 (次回につづく) 【前回の記事はこちら】⇒Vol.21-1「なぜ僕は“モラハラ夫”の烙印を押されたのか」東大卒男性の壮絶な生い立ち ぼくたちの離婚 Vol.21 いつか南の島で #2】 <文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>
稲田豊史
編集者/ライター。1974年生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ぼくたちの離婚』(角川新書)、コミック『ぼくたちの離婚1』(漫画:雨群、集英社)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。「SPA!」「サイゾー」などで執筆。 【WEB】inadatoyoshi.com 【Twitter】@Yutaka_Kasuga
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