Vol.21-2 首を絞められても結婚を決意。人格障害の妻との日々を、夫は涙で語った
理解することと受け入れることは違う
とめどなくあふれる、愛にあふれた言葉。しかしここに至るまでには、壮絶という言葉では言い表せないほどの苦難があった。
実は現在の小林さんは左耳が聞こえづらく、左肩も完全には上がらない。
「初美が右利きなので、右手で僕を殴るとちょうど左耳に当たり、僕が倒れている状態で右足で蹴ると、ちょうど左肩に当たるんですよ」
にもかかわらず、小林さんは初美さんを一切恨んでいない。そして一瞬たりとも心が折れなかった。
それがいかに稀有で奇跡的なことか、筆者にはよくわかる。今まで、妻の精神疾患が理由で離婚してしまった男性を何人も取材してきたからだ。
彼らは最初、妻の精神疾患に理解を示し、「この気の毒な女性を救うんだ」と決意して意気揚々と結婚を決意する。しかし、精神疾患は一朝一夕に治るものではない。延々と繰り返される妻の不機嫌や暴力、精神的攻撃に疲弊を極め、いっこうに報われない努力に徒労感が募りゆく。やがて愛していた妻に憎しみすら抱くようになり、自己嫌悪と後悔のうちにギブアップ。妻の手を離してしまうのだ。
相手を理解することと実際に受け入れることには、天と地ほどの差がある。
精神疾患者をパートナーとする際には、想像を絶する覚悟が必要とされる。自分の人生の大半をパートナーに捧げてもいい、もっと強い言葉を使うなら、「人生を犠牲にしてもいい」と言い切れるほどの覚悟が。
忍び寄る黒い影
稲田豊史
編集者/ライター。1974年生まれ。映画配給会社、出版社を経て2013年よりフリーランス。著書に『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)、『オトメゴコロスタディーズ』(サイゾー)『ぼくたちの離婚』(角川新書)、コミック『ぼくたちの離婚1~2』(漫画:雨群、集英社)(漫画:雨群、集英社)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)がある。【WEB】inadatoyoshi.com 【Twitter】@Yutaka_Kasuga


