これにあせったのは彼氏。ライトをハイビームを切り替え、車もバックさせていましたが、ヒグマはまったく怯(ひる)む様子も見せず、ゆっくりと近づいてきたそうです。
「後になってみれば、Uターンしてすぐに現場を離れればよかったのかもしれませんが、2人して動揺していたせいかそういう考えが浮かびませんでした。彼は独り言のように『さっさと山に入れよ』とつぶやいていましたが、あの瞬間は私もまったく同じ気持ちでした」

しかし、そんな願いを無視したかのようにこちらへと向かってくるヒグマ。そのとき夏樹さんは、思い出したかのように彼氏に対して「クラクション!」と叫びます。
それに反応にしてクラクションを鳴らし続けた彼氏。急な大音量に驚いたのかヒグマは再び向きを変え、山の中へと姿を消します。
「いなくなったのを確認して車を急発進。しばらく車を走らせると海沿いに出て、予約していたホテルのある集落が見えてきたので、そこでようやくひと息つけました。かなり大げさな言い方ですけど、あのときは生きて戻ってこれた!くらいの気分でした。
それに彼も怖かったはずなのに私のことを気遣って、ヒグマ遭遇後の車内では『いやぁ、ビビリすぎて漏らしそうだったよ(笑)』とかおどけた感じで話してくれて、それにも救われました。普段は口数の少ない人で、そういうことを言うようなキャラじゃないので」

知床峠から見た羅臼岳
このヒグマ遭遇体験はその日の晩、LINEでさっそく友達に報告。みんな『大変だったねー』『無事でよかったぁ』などのメッセージを返してくれましたが、彼女には心残りなことがあるといいます。
「動画や写真を一切撮ってないことです。あのとき私はスマホを両手で握りしめるように持っていたのに撮影ってあたまが全然なかった。旅行中は散々動画も写真も撮りまくっていたのに……。
ものすごく怖い思いをしたけど、間違いなくあの旅行の一番の山場でした。もし動画をSNSにアップできたらバズったかもしれないのに(笑)」
怖い思いをしたのは事実ですが、良い意味でも悪い意味でも旅の思い出にはなったようです。
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<文/トシタカマサ イラスト/zzz>
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ビジネスや旅行、サブカルなど幅広いジャンルを扱うフリーライター。リサーチャーとしても活動しており、大好物は一般男女のスカッと話やトンデモエピソード。4年前から東京と地方の二拠点生活を満喫中。