サトコさんは9時過ぎに子どもを寝かしつけ、またキッチンへ。いつまで宴会が続くのかわからないと思っていると、夫が「もうサトコは休んでいいよ」と言ってくれた。
夫婦の寝室に引き上げて一眠りし、ふと目が覚めると午前1時を回っている。リビングから物音はしない。みんな帰ったのかなとリビングを通らず、そのまま玄関脇のお手洗いに行った。
「玄関を見ると、いくつか靴がある。女性物もありました。あら、みんなリビングで寝てしまっているのかしらと思いました。アサミさんを雑魚寝(ざこね)させるわけにはいかないから、夫も彼女だけは和室の客間に案内したんだろうとは思いましたが、ちょっと確認してみようとリビングを覗(のぞ)いたら……」
暗がりの中で何かがうごめいている。一方で部屋の隅からいびきが聞こえた。サトコさんは思わずリビングの電気をつけた。
「夫がアサミさんの上に乗っていました。彼女と目が合ったんです、私。夫は振り向いて急に酔ったフリをしはじめました。彼女の胸が露(あら)わになっているのに、よくそんな芝居ができるものだと後から思ったけど、そのときはびっくりして何も言えなかった。電気を消して寝室に駆け込みました」
その後、夫とアサミさんがどうしたのかサトコさんは知らない。ただ、早朝、誰かが玄関を出ていく音だけは聞こえた。
まんじりともせずに迎えた翌朝、サトコさんはリビングに男性ふたりが寝ているのを確認した。夫はどうやら和室にいるらしい。
「簡単な朝食を作ってリビングのテーブルに置き、私はまた寝室にこもりました。しばらくすると夫が彼らを起こす声が聞こえ、3人で食事をしたようです。そこで初めて出ていって、コーヒーを入れました。夫に笑顔は見せたくない、でもお客さんに仏頂面(ぶっちょうづら)というわけにはいかない。つらかったですね」
ふたりが帰ると、夫が「酔いすぎて何がなんだかわからない」と先手を打った。サトコさんは何も言う気にならなかった。
「あのときのことが写真のように脳に刻まれてしまったんです。そしてふとその写真がよみがえってくる。なんともいえない怒りと裏切られた悲しさで、時間が経てばたつほど頭がこんがらがっていきました」
夫はなにごともなかったかのように生活している。数週間後、サトコさんはやっと、「私は夫に対して怒っていいのではないか」と気づいた。
「寝室で、この前のことだけどと言いかけたら、夫は『ごめん、今日は疲れていて。明日聞くから』と。翌日になると飲んで午前様。とにかくあの日のことは話したくないらしいということだけはよくわかりました」
そうこうしているうちに、子どもが熱を出したり遠足に行ったりと忙しさに心身がまぎれこんでいく。改めて問題を蒸し返すには時間がたちすぎていると、「何かをあきらめたような気分に」なっていった。