ところがその4年後、息子が小学校に上がる直前のことだった。夫が連絡もなく帰ってこない日があった。
「携帯に電話しても電源が切ってある。何かあったのではないかと心配しました。翌朝6時ごろだったかしら、夫から電話があって『仕事で緊急事態になって会社に泊まった』と。今までそんなことはなかったのに。
その説明を信じたふりをしましたけど、信じてはいなかった。その日はパート仕事がなかったので家にいたんですが、午後2時ごろです。アサミさんから連絡があったのは」
アサミさんの名前を聞くだけで、電話をもつ手が震えた。サトコさんの怒りはおさまっていなかったのだ。
「部長、昨夜は本当にずっと仕事だったんですと彼女は必死に言うんです。どういうこと、何をかばっているの、本当はあなたが朝まで一緒だったんでしょと怒鳴ってしまいました。すると彼女、態度が一変、低いドスの利いた声で『奥さんが拒絶するからじゃないですか。ベッドの下手な女は愛想つかされますよ』と言って電話を切ったんです」
その日ばかりは、夫を許せなかった。彼女が勝手に電話をしてきたのか、夫がかけさせたのかはわからないが、自分がふたりに愚弄(ぐろう)されているような気がしてならなかった。
「息子が寝てから帰ってきた夫に、いったいどういうことなのか説明してほしいと詰め寄りました。夫は黙っていましたが、『心配しなくていい』と。心配なんかしていない、怒っているんだと言いました。
『彼女が好きなら、出て行って。離婚したいならする。息子は渡さないし会わせないから』とガンガン言っても夫は黙っている。ぽつりと『誤解だよ』と。その後、夫は以前より早く帰ってくるようになりました」
おそらく、何年もつきあっていたアサミさんは業を煮やして離婚を迫ったのではないかとサトコさんは言う。だが夫は家庭を捨てる気はなかった。そこでアサミさんが腹いせのようにサトコさんに電話をかけてきたのではないだろうか。
「うちに来たときからつきあっていたとしたら、4年もの間ですからね。30歳を迎えて彼女も焦ったのかもしれません。もっとはっきり乗り込んできてくれたら、私も離婚する決意ができたかもしれないけど」