問題はこれからのことだ。息子はかわいい。違和感はあっても、それは愛情を覚えないということではない。むしろ真実を知ったために違和感をも受け入れられそうだと彼は思った。
「ともかく考えさせてほしいと言うしかなかった。その1週間後、妻の兄が突然、亡くなったんです。元気で明るい人だったんですが、脳卒中でした。義兄の妻も子どもたちも、そして義両親も、さらに妻もすっかり落ち込んで……。僕は彼らのサポートやらうちの子どもたちのケアやら、てんてこまいの日々でした」
今年になってようやく少しずつ、みんなが落ち着いて日常生活を送れるようになってきた。同時に2歳になったヒデキさんの息子のこともまた、彼の中で浮上してきた。
「妻から『気持ちに余裕がもてなくてごめんね。息子のことを話さないと』と言ってくれたんです。その間、兄を亡くした妻の悲しみや苦悩を見てきて、僕の中でも少し変化が起こっていました。妻と義兄は仲がよかったんですよ。義姉は妻が自分の友だちを兄に紹介して結婚した。だから兄ともう会えない妻の気持ちは、僕にもよくわかりました。
『人はいつかいなくなる。僕にとって縁のない子でも、きみの子であることには変わりない。今はそんな気がする』と僕は言いました。妻は『そうね、やっぱり離婚するしかないのかもしれないね』と。いや、そういう意味じゃないんだと僕はあわてました」
彼が言いたかったのは、これもまた縁なのかもしれないということだった。妻が浮気したのは事実だが、彼女は彼女の中に昔から巣くっている彼への思いを解放したかったのだろう。結果として子どもが産まれた。避妊はしていたし、妊娠する可能性の低い時期だったと彼女は言った。それなのに妊娠したのだ。産まれてくる運命だったのだろうと彼は考えた。
「義兄さんが亡くなって僕自身もショックだった。いい人でしたから。でもそれもまた運命として僕らは受け入れるしかないわけです。
理不尽ですよ、元気だったのだから。だけど受け入れるしかない。だったら妻が産んだ息子を受け入れてもいいんじゃないか。なんだかそんなふうに思ったんですよね」
妻はじっと聞いていたが、彼の目をまっすぐに見た。そして「愛せる?」と尋ねた。もうすでに2年も一緒に暮らしているんだから、愛していると彼は答えた。「きみのこともね」と彼はつけ加えた。妻は号泣したという。
「娘たちと息子を比べない。それだけは自分に課しました。おねえちゃんたちがものすごくめんどうを見てくれるので、息子は早くからおしゃべりが上手。息子を見ていると、これが自分の本当の子であっても不思議じゃないなあと今は思っています。
妻に対しては許す、許さないの問題ではないと思うようになりました。妻がしてしまった行為を、今さら責めてもどうにもならないですから」
もともと仲のよかった夫婦に亀裂は入っていないのだろうか。
「妻のほうは僕にちょっと遠慮しているところがあるかもしれませんが、もうそういうのはやめようと言いました。些細(ささい)な気持ちの変化も伝え合おうと。
過去を振り返っても何も生まれませんから。なんだかねえ……生きていくということは、自分や大切な人たちに起こったことをどううまく受け止めていくかにかかっているんじゃないかと最近、しみじみ思うんです。常に人として試されているような気がしますね」
彼はすべてを受けとめ、受け入れた。この先、夫婦関係や親子関係がどうなるかはわからない。だがそのつど、起こったことを受け止めて受け入れていくしかないのかもしれないと彼は穏やかな笑みを浮かべた。
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<文/亀山早苗>
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