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「大切な人」を書くことの怖さと甘え/村井理子×こだま対談<後編>

日常のすべてが文字に変換されていく

こだま:連載って前回書いたものを忘れて書くので、同じ構成になりがちなんです。 村井:私もそうなりがちです。『兄の終い』『家族』『全員悪人』といった書きおろしの本は、短時間で勢い余って書くので、少し違うかもしれませんが。 こだま:どれくらいのスピードで書かれたんですか? 村井:どれも1週間ちょっとでした。 こだま:すごく早い! 村井:常になにかを言葉で考えてしまうんです。電車に乗ってても、車窓から見えるマンションの部屋の明かりを見るだけで、どういう生活があるんだろうって考えてたまらない気持ちになる。目に映るものすべてが文字に置き換わっていくんです。だから書き始めると早いんですよ。 こだま:私はパソコンに向かった時点でいつも無になって、締切が来てようやく指が動き出すタイプなので、文字が目に浮かぶのは想像できないです。子供のころから文字が見えてましたか? 村井:すべてが文字に置き換わるようになったのは翻訳の仕事を始めてからなので、ここ15年くらいですね。入院したときに痛み止めを打ってもらったら、壁を延々文字が流れてきて、たまらなかったです(苦笑)。

こだまさんが抱える絶対に失敗したくない題材

――一気呵成(いっきかせい)に書く村井さんと、締切をきっかけに書き出すこだまさんとで対照的ですね。こだまさんは『ずっと、おしまいの地』でも「何年も書けずにいる文章がある」と明かしていました。 こだま:仕事で接してきたある男の子の話を小説にしようと思ってて、書きあぐねてます。それはエッセイじゃなくて小説なんですが、小説となるとどうしても自分の中でハードルを上げてしまって……。あとなにより、家族のことや自分のことだったら、締切が迫ってくれば「書いちゃえ」ってできるんですが、その子のことは大切に書きたくて。 村井:なるほど。もう何年も書けてないと苦しいですね。 こだま:ずっと待たせている担当編集の方にも申し訳なくて……。その男の子のことは、書かずにはいられないと同時に、彼を題材にして失敗したくない気持ちもかなり強い。絶対にいいものにしなくちゃと思うと、書けなくなるんです。 村井:そういうときって体の中で寝かせている分、始まったら早いんでしょうけどね。 ――でも、家族のことだったら「書いちゃえ」となれるのは、いい意味で家族に甘えられているんだなと感じました。 こだま:知られてないのをいいことに甘えまくってますね。そこも本当はもっと慎重になったほうがいいなと反省もするんですが、結局書いてしまう。最終的にはただひたすら自分の書きたい欲望で突っ走っちゃうんですよね。
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家族を一方的にエッセイにする怖さ
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