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「大切な人」を書くことの怖さと甘え/村井理子×こだま対談<後編>

家族を一方的にエッセイにする怖さ

――いちばん身近な家族について書くにあたって、家族の関係性が変わることや、家族のプライバシーを必要以上に書きすぎてしまうことへの不安や怖さはありませんか? こだま:私は自分が書いていることを実生活では知られていないので、その点はほとんど気にせず書いてます。 村井:私は題材にした人たちの悪影響にならないかという怖さを常に感じてますね。特に兄の息子については思うところがあります。 こだま:お兄さんが最期のとき、宮城県で二人暮らししていた息子さんのことですか。 村井:はい。『兄の終い』って結局、苦労して野垂れ死んでしまった兄の最期を切り取ってるので、それだけじゃフェアじゃないと思ったんです。彼の人生を丸ごと書かないと、兄の子どもはいい気持ちはしないだろうなと。それで『家族』では、幼い頃から大人になって亡くなるまでの兄のことを書きました。 こだま:『全員悪人』では、認知症のお義母さんのことを克明に書かれていましたが、そのときも書くことの怖さと向き合っていましたか。 村井:そうですね。義母については、決定的なことはどうしても書けませんでした。認知症になると、隠れていた感情もすべて出てくるじゃないですか。そこも書けたら物語として、より面白くなったと思いますが、同じ女性としては書けなかった。とはいえ、だいたいのことは書いてますけどね。 こだま:私自身、父ががんになってからは、彼の言動を書きとどめておいてよかったなという気持ちが強くて。むしろ書かずに忘れていってしまうことの怖さのほうが大きいなと思います。 村井:こだまさんの文章は登場する人々を一面的に描かずに、いろんな側面を持ちすぎている人間という存在を丁寧に書いてますよね。自分の価値観だけで人を断罪せずに、人のいろんな顔を書き抜く。それも書く怖さを克服する一つの術なんだと思います。 こだま:ありがとうございます。『ずっと、おしまいの地』を無事出せて気持ちも上向いている上に、こうやって村井さんに励ましてもらったので、ずっと寝かせている小説も今こそ書けそうです。 村井理子 翻訳家・エッセイスト。著書に『家族』(亜紀書房)、『兄の終い』『全員悪人』(共にCCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)など。新刊は読書案内エッセイ集『本を読んだら散歩に行こう』(集英社)。翻訳は『エデュケーション』(タラ・ウェストーバー著、早川書房)、『サカナ・レッスン』(キャスリーン・フリン著、CCCメディアハウス)、ほか多数手。 こだま 作家、喫茶店アルバイト。2017年、実話をもとにした私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビューし、ベストセラー作家に。「Yahoo!検索大賞」(小説部門)を2017・2018と二年連続で受賞。二作目となる『ここは、おしまいの地』(太田出版)では第34回講談社エッセイ賞受賞。著書に『いまだ、おしまいの地』『縁もゆかりもあったのだ』(いずれも太田出版)。 【対談前半】⇒親を「しょうがない」と割り切ることで親子関係が変わる/村井理子×こだま対談<前編> <取材・文/安里和哲 撮影/山田耕司>
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