――一緒に生活をする中で、お母さんへの寄り添い方に変化はありましたか。
まりげ「精神疾患は私にとって身近なものではなかったので、双極性障害と聞いた時も『それは一体どんな病気?』とわからないことだらけでした。また、死にたい人に向き合うことが怖いと言う気持ちが大きくて、最初はどう対処したらいいかわからずオロオロするばかりでした。
でも、母と病気に向き合っていくうちに
『死にたい』のは願望じゃなくて『症状』だと捉えて冷静に対処することが重要だと知りました。それからは怖いというよりも『薬を飲もう』『先生に相談しよう』と、症状をやわらげる為に必要なことをしようと意識が変わりました」
まりげ「母の病状がかなり回復したときに2人でランチを食べに行ったのですが、そのとき母に『お母さんを一生懸命はげましたり声をかけることが大事だと思っていたけど、本当に必要だったのは薬や治療だったんだよね』と言ったことがあります。そのとき母は『確かに治療も薬も大事だと思うけど、まりげが『どんなお母さんでもいいから生きていてほしい』というはげましの言葉をかけ続けてくれていなかったら、今のように回復はしていなかったよ』と言ってくれました。
自分が母にどんな声をかけてもネガティブな言葉でしか返ってこなかったので、自分の言葉は届いていないと絶望的な気持ちになったこともあったのですが、その言葉を聞いた瞬間、救われた気持ちになりました」
――お母さんとの関係で変わったことはありますか。
まりげ「母には『こういうふうになってしまって、母と子の関係が逆になってごめんね』と言われました。でも私にとっては母がちゃんと寝ているか心配になったり、今日は体調大丈夫かな? と思ったり、母が食べられそうなお菓子を選んだりする時間の中で『私が幼いときは、母もこんな思いで私を育ててくれていたんだな』と遠い日の母の思いを感じることができました。
『今日も健やかに過ごしてほしい』と私が母を思う気持ちと、昔の母が私を思っていた気持ちが重なり合うことで、母への感謝の気持ちが大きくなりましたし、母との心の距離もより近づいたように思います」
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病気の当事者ではない、家族だからこその悩みの深さ。漫画とインタビューを通して改めて感じました。
お母さんの病気を支えていく中で、「長年わだかまりのあった父親との関係」にも大きな変化があったとまりげさんは言います。戸惑いながらも家族や専門家とチームを組み、絶望のトンネルの中を手探りで歩み続けたまりげさんと家族。『
700日間の絶望トンネル』には、そんな彼女たちが光を掴むまでの700日間が綴られています。
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兄から突然の電話「お母さん 自殺しようとしたんだ」作者まりげさんを取材<漫画>
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お母さんが自殺未遂した。同居して助けるつもりが…壊れていった私。作者を取材<漫画>
【まりげ】
コミックエッセイスト。2020年ライブドアブログ新人賞受賞。築100年の古民家をリノベーションして3兄弟と漁師の夫と暮らしている。Instagram:
@marige333、Twitter:
@marige333。著書に『
700日間の絶望トンネル』。
【*自身や家族の、心の病気についての相談窓口があります】
精神保健福祉センター:精神保健福祉法によって、各都道府県に設置することが定められている機関。心の健康相談から精神医療に係わる相談、社会復帰相談をはじめ、アルコール、薬物、思春期、認知症等の相談も行っている。
<漫画/まりげ 取材・文/瀧戸詠未>